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成瀬己喜男 窃視表

ここは、成瀬巳喜男の「窃視」の部屋です。論文の参考資料として、現存する成瀬映画において生じた「窃視」をすべてここに挙げてあります。

■「窃視」の種類
「裸の窃視」 極限まで意味の剥ぎ取られた相手のありのままを「窃視」すること
「物語的窃視」意味の込められた相手を「窃視」すること
「負の窃視」 否定的な意味を露呈させている相手を「窃視」すること
「欲望の窃視」自分に欠けているものを有している相手を羨ましそうに「窃視」すること
■「身体」の種類
★「窃視」される身体を基本にしたとき
「防御する身体」ひたすら見つめるだけで、決して「窃視」をされない硬質な身体。「見つめる映画」「見つめる身体」とも言う
「無防備な身体」すぐに出来事に「集中」してしまい「窃視」をされてしまう軟質の身体。これを相互に「裸の窃視」をすると「ラブストーリー」となり、ひとつの身体がひたすら見つめられ続けるとき「古い者物語」となる。
★「窃視」する身体を基本にしたとき
「聖なる身体」相手に気付かせないで「裸の窃視」をする慎ましやかな身体。
「エロス的身体」思わず「裸の窃視」をした相手に引きこまれてしまい、見ていたことを相手に気付かれてしまう大胆で迂闊な身体。
■物語の種類
「見つめる映画」「防御する身体」によってひたすら人を「窃視」し続ける物語
「ラブストーリー」男と女が相互に「裸の窃視」をし合う物語
-「エロス的ラブストーリー」「裸の窃視」をしたことを相互に相手に知られてしまう「ラブストーリー」
-「聖なるラブストーリー」「裸の窃視」をしたことを相手に知られない「ラブストーリー」
「古い者物語」→「古い者」がひたすら「裸の窃視」をされる物語

「窃視表」

1「腰弁頑張れ」(1931)

「窃視」欄の余白には、「窃視」の強度としてのパーセンテージその他、鑑賞時の感想をメモ風に書き記しておく。例えば「60」と書いてあれば、それは最高峰の「窃視」と比した時の完成度の割合といったところである。場所的関係やショットの質、視線の強度や「集中」のあり方など、あくまで総合的な判断であり、メモのようなものとして、気軽な気持ちで見て頂きたい。「裸の窃視」にはその右横に「★」マークをつけて分かりやすく表示する。映画の人物は、父、山口勇、母、浪花友子、ライバルセールスマン関時雄である。

うちの息子がお宅の息子に飛行機のおもちゃを壊された、と苦情を言いに来た近所の母親を、山内勇が「窃視」して家の陰に隠れる。80。「物語的窃視」
ライバル会社の保険セールスマン関時雄が、加入を競っているブルジョアの家の妻、明山静江に、山内勇の会社の悪口を言っている姿を、山内勇が「窃視」する。80。「物語的窃視」
その直後、みずから馬になってブルジョア家庭の子供たちに馬飛びをさせてご機嫌をとっている山内勇を、関時雄が「窃視」する。80。「物語的窃視」
その後、女中を懐柔している関時雄を、山内勇が何度か「窃視」する。80。「物語的窃視」
空き地で息子と話しながら、息子喧嘩をして泣かされた子供たちを、山口勇が何度か「窃視」する。60。「物語的窃視」
その直後、去って行く子供たちの後ろ姿を、山口勇が「窃視」する。70。「物語的窃視」
ブルジョアの家の息子を肩車で担いで帰って来た山口勇が、庭で遊んでいるブルジョアの子供たちを「窃視」したあと、明山静江に保険加入の件を切り出す。70。「物語的窃視」
その後、道端に立っている子供を山口勇が自分の子供と間違えて「窃視」する。70。「物語的窃視」
電車に轢かれて病院のベッドで眠っている息子の寝顔を、夫婦そろって「窃視」する。85。「物語的窃視」。「病状」という物語が問題となっている。

2「生さぬ仲」(1932)

猪飼助太郎の照明設計が素晴らしい「生さぬ仲」は、ブルジョアの家庭に後妻として入っり、前妻の産んた娘(小島寿子)を育てている内的な妻、筑波雪子が、アメリカ帰りの女優で生みの親、岡田嘉子に娘をさらわれてしまう、という物語である。筑波雪子の夫、奈良真養、その母、葛城文子である。

    船で日本に帰って来た岡田嘉子が、船に向って旗を振っている見知らぬ子供たちを「窃視」する。80。「欲望の窃視」。主観ショットで
帰宅した夫、奈良真養が娘の手を引いて屋敷の中へ入って行く後ろ姿を、妻の筑波雪子が「窃視」する。80。珍しくもヒッチコックのように、動きながらの主観ショットで撮られている。「裸の窃視」とも取れなくはないが、ここでは夫の資金繰りが「物語」として問題となっており、純粋な「裸の窃視」としては撮られていない。
その後、テーブルに座って考え込んでいる夫、奈良真養の姿を、入って来た筑波雪子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。②と同じく「裸の窃視」ではない。
原っぱで遊んでいる娘(小島寿子)を、筑波雪子が「窃視」する。70。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらいか。「夫の会社が倒産したらこの子はどうなるのかしら、」といった「物語」が込められているように見える。
その直後、荷馬車を引いている仲睦まじい親子三人連れの姿を、筑波雪子が「窃視」する。80。「欲望の窃視」
引っ越した小川べりの小さな家で、岡譲二と戯れる娘(小島寿子)の姿を、箪笥に向っている筑波雪子が振り向き様「窃視」する。70。「裸の窃視」★
その後、家の近くの路地で、娘(小島寿子)の連れ去りに失敗し、車の側に立っている岡田嘉子を、岡譲二が「窃視」する。80。「物語的窃視」
(小島寿子)を連れ去ったあと、ベッドで寝ている娘を、岡田嘉子と葛城文子の二人が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
デパートの店員をしている筑波雪子が、仲睦まじき親子三人連れを「窃視」する。80。「欲望の窃視」
その直後、デパートに客として来ている岡田嘉子、葛城文子、そして娘(小島寿子)の三人を、筑波雪子が「窃視」し、追いかける。80。「物語的窃視」
連れ去られた娘(小島寿子)を取り返しに来た筑波雪子が、娘と抱き合っている姿を、岡田嘉子が「窃視」する。70。「負の窃視」。娘が育ての親である筑波雪子に懐いていることへの嫉妬が込められている。
ベッドで眠っている娘(小島寿子)の寝顔を、葛城文子と、しばらくして入って来た岡田嘉子が「窃視」する。70。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい。自分になついてくれない、という「物語」が込められている
事故に遭い、ベッドで寝ている娘(小島寿子)を、看病している岡田嘉子が「窃視」する。しかしすぐ娘は目を覚ます。70。「物語的窃視」。「病状」という物語が込められている
眠っている娘(小島寿子)を、岡田嘉子が「窃視」する。しばらくすると、娘は目を覚ます。70。「物語的窃視」
岡田嘉子の家で、抱き合う筑波雪子と娘(小島寿子)を、姑の葛城文子が「窃視」する。70。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい
娘を取り返したあと、小川べりの家の縁側で、中睦まじくしている筑波雪子と娘(小島寿子)の姿を、姑の葛城文子が「窃視」する。75。「裸の窃視」★

3「君と別れて」(1933)

身売り同然に芸者に出された娘、水久保澄子を主人公に、彼女が姉のように慕う芸者の吉川満子とその息子、磯野秋雄を絡めながら映画は進んで行く。

置屋で、火鉢を突付きながら、キセルを逆にして飲んでしまった飯田蝶子の姿を、芸者たちが笑いながら「窃視」する。80。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらいか
母の吉川満子が、風邪で寝ている息子の磯野秋雄の寝顔を「窃視」し、息子の財布の中にそっとお金を忍ばせてやる。80。「裸の窃視」★
吉川満子のアパートへやって来た妹分の水久保澄子が、吉川満子に頼まれ白髪を抜いてやったあと、さり気なく吉川満子の背後へ移動し、出窓に座ると、火鉢を突付いている吉川満子の背中をチラリと「窃視」し、すぐに目を逸らす。100。「裸の窃視」★
学校をさぼった磯野秋雄が、高台から下校する生徒たちを「窃視」する。70。「物語的窃視」
橋の上で、「私のことを息子に話してね」と頼んだあと、去ってゆく吉川満子の背中を、水久保澄子が「窃視」する。75。「裸の窃視」★。別れを告げたあと、橋の上を二人で同じ方向へ歩いていって、そのまままっすぐ道を歩いて行く吉川満子は、水久保澄子が道を右へ曲がると思っている。ところが水久保澄子は急に立ち止まって吉川満子の後ろ姿を見つめている。すると、水久保澄子が右へ曲がると思っている吉川満子は、精神の内部において空間的な「ずれ」を生じており、「見られている事を知らない者」となっているはずである。従ってこれは「窃視」ということになる。後年成瀬は、「乙女ごヽろ三人姉妹」(1935)「朝の並木道」(1936)「鶴八鶴次郎」(1938)「あらくれ」(1957)などにおいて、同じように時間空間の「断絶」を生じさせる事で「見られている事を知らない者」を創設するという演出を反復しているが、この⑤は、その萌芽的なものといえる。
⑥旅館の座敷でパトロンの新井淳と向かい合って座っている吉川満子を、横に座っている水久保澄子がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★と「物語的窃視」の中間くらいか。吉川満子の「集中」がやや弱いが、水久保澄子の盗み見る視線の運動は「窃視」以外の何物でもない
夜店で不良たちが警官を「窃視」して逃げる。80。「物語的窃視」
朝、布団の中で眠っている磯野秋雄を、母の吉川満子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
水久保澄子の実家の漁村へと向う列車の中で、仲睦まじい乗客たちを水久保澄子が「窃視」する。「欲望の窃視」
実家の漁村で、石段ですれ違った花嫁の後ろ姿を水久保澄子が「窃視」する。90。「欲望の窃視」。成瀬映画の中でもベストテンに入るとも言える、叙情的な「窃視」である。
海岸で、海を見つめている磯野秋雄の後ろ姿を、水久保澄子が「窃視」する。50。「物語的窃視」。磯野秋雄は後方を気にしているようであり、完全な「集中」の状態へは入っていない。成瀬は何ともいえない微妙な演出をしている。
自殺未遂をし、アパートで眠っている吉川満子を、水久保澄子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。「病状」という物語が露呈している
夜道で不良少年たちに殴られている磯野秋雄を、水久保澄子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
駅のホームで、線路に向って立っている磯野秋雄の後ろ姿を、背後から水久保澄子が「窃視」する。50。「物語的窃視」。これもまた⑪と同じように磯野秋雄は背後を気にしているようでもあり「集中」としては弱いように見える。微妙である。

4「夜ごとの夢」(1933)

自分を棄てて出て行った男、斎藤達雄とのあいだにできた息子を女一人で育てながら、港町の小さなアパートに暮らす女給、栗島すみ子の生き様を描いた物語である。

フェリーで町に帰って来た栗島すみ子が、路地で遊んでいる街の子供たちの姿を「窃視」する。80。「欲望の窃視」。「欲望の窃視」については後述する
アパートで子供と再会し、抱擁する栗島すみ子を、アパートの住人、吉川満子が「窃視」する。60。「物語的窃視」。「窃視」としては微妙
酒場で、学生服を着た船員のデブ(大山健一)が、客と話しこんでいる栗島すみ子を「窃視」する。70。「物語的窃視」
酒場で、デブと痩せ(小倉繁)の二人組が、船員の坂本武と話し込んでいる栗島すみ子を「窃視」する。70。「物語的窃視」
酒場で、父親を迎えに来た見知らぬ少年を、栗島すみ子が「窃視」する。90。「欲望の窃視」。
アパートで、眠っている新井淳の寝顔を、子供が「窃視」する。70。「物語的窃視」
アパートの椅子で眠っている斎藤達雄の寝顔と、求人欄の開かれた新聞、そして斎藤達雄の穴の開いた靴下を、栗島すみ子が続けて「窃視」する。100。「物語的窃視」
路地で子供たちと遊んでいる斎藤達雄を、アパートの二階の窓から栗島すみ子と友人の沢蘭子が、「窃視」する。90。「物語的窃視」。「裸の窃視」のように見えるが、この映像には『斎藤達雄は仕事もせずに子供と遊んでいる』という「意味」が込められており、「負の窃視」ないしは「物語的窃視」として撮られている。「負の窃視」については後述する
アパートで栗島すみ子がテーブルの上に小銭を出したあと、沢蘭子が、斎藤達雄の姿を「窃視」する。そして沢は「あんたも案外見掛け倒しだねぇ」と栗島すみ子に向って呟く。80。「物語的窃視」。斎藤達雄に小遣いをやるという物語が露呈している。
原っぱで子供たちと野球をしている父、斎藤達雄の姿を、ドラム缶の上から息子が、「窃視」する。その直後子供は、穴の開いた父の革靴を修理し始める。60。「物語的窃視」
路地を歩く出勤途中のサラリーマンたちを、失業中の斎藤達雄が羨ましそうに「窃視」する。80。「欲望の窃視」
カフェで、デブと痩せの二人組みと話しこんでいる栗島すみ子を、坂本武が「窃視」する。70。「物語的窃視」(デブと痩せと栗島すみ子が振り向いて驚くと、そこで始めて睨み付ける坂本武のショットへとつながれ、そのショットで坂本武が「窃視」していたことが後発的に判明するという演出。これを今後「後発的窃視」と呼ぶ。
カフェで坂本武に絡まれている栗島すみ子の姿を、夫の斎藤達雄が「窃視」する。90。「物語的窃視」
栗島すみ子のアパートで、握り寿司のわさびを取っている飯田蝶子を、栗島すみ子がチラリと「窃視」する。80。「負の窃視」
車にはねられアパートで眠っている息子を、栗島すみ子と斎藤達雄などが「窃視」する。80。「物語的窃視」。「病状」という物語が露呈している。
息子が車にはねられたあと、アパートで「悪いことは続くもんだな」と火鉢を突付く斎藤達雄を、栗島すみ子が「窃視」する。70。「負の窃視」。縦の構図。ここだけを取ると「火鉢を突付く」という意味のない行動を盗み見た「裸の窃視」とも取れるが、次の瞬間栗島すみ子は立ち上がり、鏡に向って髪をとかし始め、カフェの仕事の身支度を始める。ここに来て初めてこの⑯には、「この人に任せておいたのではだめだ、子供の治療費のためには私が働かねば」という「負の意味」が込められていたことが事後的に分かる。それを差し引いても、栗島すみ子の見つめる瞳は恍惚としていない。
その直後、立ち上がった栗島すみ子が鏡の中から斎藤達雄を「窃視」する。80。「負の窃視」。鏡の中の栗島すみ子の視線が明らかにずれており、斎藤達雄を鏡の中から見つめている。
その直後、鏡に向って髪をとかしている栗島すみ子を、斎藤達雄が「窃視」する。70。「負の窃視」。一見これも「髪を直す」という無意味の運動を盗み見た「裸の窃視」に見えるが、しかしここには、『妻が水商売に出て行く身支度を始めた』という「負の意味」が込められている。
泥棒をしたあと、ビルの陰に隠れた斎藤達雄が、追っ手の警官を「窃視」する。70。「物語的窃視」
アパートで眠っている息子を、栗島すみ子と斎藤達雄が幾度か「窃視」する。70。「物語的窃視」
2アパートの窓から斎藤達雄が、バイクに乗った警官を、「窃視」する。80。「物語的窃視」
2斎藤達雄が身を投げた港からアパートへ帰って来た栗島すみ子が、眠っている息子を「窃視」する。80。「物語的窃視」。この子には弱くなって欲しくないという「意味」が込められている。

5「限りなき舗道」(1934)

貧しい女給、忍節子が恋人、結城一郎とのすれ違いから富豪の山内光と結婚をし、姑たちにいじめ抜かれて決別宣言をするという作品である。

カフェの客が、他の客のホットケーキの食べ方を「窃視」する。70。「物語的窃視」
映画のスカウト(笠知衆ら)がカフェで、女給の忍節子を「窃視」する。75。「物語的窃視」
車に轢かれ、タクシーに乗せられて病院へ運ばれる忍節子の姿を、結城一郎が「窃視」する。60。結城一郎は、自分の見た対象が忍節子だとは半信半疑の可能性もある。どちらにせよ「物語的窃視」である。
病院で眠る忍節子を、山内光が「窃視」する。70。「物語的窃視」。「病状」という物語が露呈している。
結城一郎から忍節子に宛てられた別れの手紙を見せてもらった香取千代子が、手紙を読んだ後、親友の忍節子を「窃視」する。80。「物語的窃視」
カフェにやって来た山内光と彼の相手をする忍節子を、女給たちが「窃視」する。80。「物語的窃視」なしい「欲望の窃視」
路上で脇を追い抜いていった学生服の生徒たちの後ろ姿を、忍節子が「窃視」する。90。「欲望の窃視」。主観ショット。弟を高校へやりたい姉の欲望が露呈している。
女優となってからカフェにやって来て女給仲間たちに囲まれている香取千代子を、忍節子が「窃視」する。75。「物語的窃視」ないし「欲望の窃視」
アパートで自動車の広告を見つめている弟の磯野秋雄を、忍節子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。弟が自動車関係の職に就きたいという物語が露呈している。
さらにその後、部屋にやって来た日守新一が出て行ったあと、自動車のパンフレットを見つめている磯野秋雄を、忍節子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
母の葛城文子に、忍節子との結婚を許してもらおうと懇願している弟の山内光の後ろ姿を、姉の若葉信子が「窃視」する。70。「物語的窃視」なしい「負の窃視」。ブルジョア家庭の娘、若葉信子は、下層階級の忍節子を弟が嫁にもらうことに反対である。
結婚後、食卓で話している忍節子と山内光を、姑の葛城文子と小姑の若葉信子が「窃視」する。75。「負の窃視」
喫茶店で、自分は女優には向かないと話している香取千代子が、カウンターで女優のブロマイド写真を見ている娘たちを、忍節子と二人で「窃視」する。80。「物語的窃視」ないし「負の窃視」
酔って屋敷に帰ってきて玄関でふらついている夫の山内光を、忍節子が「窃視」する。80。「負の窃視」。成瀬映画において酔うこととは殆どがマイナスのイメージとして撮られている。
その後応接間に入り、ふらつきながらソファーに座る山内光を、忍節子が「窃視」する。80。「負の窃視」
アパートで、幸せそうに蒲団の埃を叩いて落としている隣室の女を、山内光の家を出た忍節子と磯野秋雄の兄弟が「窃視」する。70。「欲望の窃視」
病院で、瀕死で眠っているの山内光を、忍節子が「窃視」する。70。「負の窃視」。弱い男としてのマイナスの「意味」しか画面に露呈していない。
銀座の交差点で、目の前を高速で過ぎ去るバスの中の結城一郎の姿を、忍節子が「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらいか

6「乙女ごヽろ三人姉妹」(1935)

浅草で、門づけ芸人として三味線を弾きながら繁華街を渡り歩く女たちを描いた冬の映画である。細川ちか子、堤真佐子、梅園龍子の三姉妹と、冷徹な母、林千歳、梅園龍子の恋人に大川平八郎、細川ちか子の夫が滝沢修である。

切れた下駄の鼻緒代わりにと、白いハンカチを差し出し去ってゆく大川平八郎の後ろ姿を、堤真佐子が振り向き様に「窃視」する。90。「裸の窃視」。★
舞台でレビューを踊っている梅園龍子を、恋人の大川平八郎が客席から「窃視」する。30。梅園龍子は大川平八郎が見に来ていることを知っているので、これは「窃視」ではない。
三味線の稽古で林千歳に叱られている門づけの娘を、堤真佐子が縁側で爪を切りながら「窃視」する。80。「物語的窃視」
二階の物干しで、●「会議は踊る」(1931)のカトリーヌ・エスランの「ただ一度だけ」を口ずさみながら洗濯物を乾している妹、梅園龍子の後ろ姿を、階段を上がってきた堤真佐子が「窃視」する。90。「裸の窃視」★。しばらくして梅園龍子が「お姉さん、いたの」とびっくりしている。
店を追い出され、スネて葉っぱを加えている妹分の三条正子の姿を、路地で堤真佐子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
その直後、夜店で菓子を買って食べている妹分を、堤真佐子が「窃視」する。60。「物語的窃視」。堤真佐子の「見つめること」が弱く、「窃視」としては微妙である
そのまた直後、路地を歩いている梅園龍子と大川平八郎のカップルを、街の不良、三島雅夫と大友純が、「窃視」する。70。「物語的窃視」
堤真佐子が、街で、門づけの夫婦の姿を羨ましそうに「窃視」する。90。「欲望の窃視」
実家の二階での回想シーンで、洋服に変装して不良たちと付き合っている姉、細川ちか子の姿を、堤真佐子が街角で「窃視」する。80。「物語的窃視」。
同じく堤真佐子の回想シーンの中にさらに細川ちか子の回想が二重に入り、街の不良たちが恋人の滝沢修を取り囲んでいるところを、通りがかった細川ちか子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
堤真佐子の回想のあと、隣の部屋で寝言を言いながら寝ている娘たちを、堤真佐子が「窃視」する。85。「裸の窃視」★
埠頭で、写真を撮って去って行く青年の後ろ姿を、堤真佐子が「窃視」する。90。「物語的窃視」。堤真佐子は、ご飯粒がほっぺたについたまま写真を撮られてしまった、という「物語」が露呈している。
松屋の屋上で、街の風景を見やっている姉、細川ちか子の姿を、やってきた堤真佐子がフェンス越しに「窃視」する。90.「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらいか。「裸の窃視」と言いたいところだが、どうしてもここには「しばらく振りに姉を見つけた」という、意味が露呈してしまう。
細川ちか子の回想シーンで、アパートに帰って来た細川ちか子を、夫の滝沢修が「窃視」する。80。「負の窃視」
細川ちか子の回想シーンで、内職の人形に色を塗っている細川ちか子を、ちゃぶ台で向かい合って仕事をしている滝沢修がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★。
家で熱を出して寝ている門づけの娘を、堤真佐子等、娘たちが「窃視」する。80。「物語的窃視」。「病状」という物語が問題となっている。
待合の二階で、不良たちと面談している大川平八郎の姿を、近くの宿の二階から堤真佐子が「窃視」する。90。「物語的窃視」。妹の恋人が悪い奴らに捕まっているのでは、という物語が露呈している。
その直後、不良と話している大川平八郎を、堤真佐子が同じ場所から「窃視」する。80。「物語的窃視」
さらにその直後、二人の不良と話している大川平八郎を、堤真佐子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
駅のキヨスクで仲良く買い物をしている夫婦の姿を、ベンチに座っている細川ちか子が羨ましそうに「窃視」する。90。「欲望の窃視」

7「女優と詩人」(1935)

或る正月を舞台に、妻である女優の千葉早智子の収入で暮らす夫、宇留木浩の「主婦」ぶりを可笑しく描いたトーキー第二作目の作品である。

宇留木浩が、空き地で絵を描いている堀越節子を「窃視」する。70。「物語的窃視」
隣の家に越してきた若夫婦、佐伯秀男と神田千鶴子の姿を、隣のおばちゃん、戸田春子が戸の陰から、「窃視」する。90。「物語的窃視」。戸田春子は、いわば、おしゃべり好きでおせっかいな隣人であり、「監視役」である。
越して来た若いカップル佐伯秀男と神田千鶴子がダンスを踊っている姿のシルエットを、飲んで帰って来た宇留木浩が「窃視」する85。「物語的窃視」。シルエットの「窃視」は、全体でも「歌行燈」(1943)の「窃視」③、「夫婦」(1953)の「窃視」⑪、そしてここの三箇所しかない。
酔って千葉早智子の写真に文句を言っている宇留木浩を、千葉早智子が「窃視」する。95。「負の窃視」。宇留木浩は見られていたことを気付き驚く。
翌朝、布団の中で眠っている千葉早智子を、宇留木浩が「窃視」する。80。「物語的窃視」
本物の夫婦喧嘩をしている千葉早智子と宇留木浩を、庭から藤原釜足が芝居の稽古と勘違いして「窃視」する。80。「物語的窃視」
さらに戸田春子も加わり、藤原釜足と二人で、夫婦喧嘩を「窃視」する。80。「物語的窃視」
居候させてくれという藤原釜足の頼みを、断っている宇留木浩の姿を、奥の間から千葉早智子が「窃視」する(縁側のシークエンス)90。「裸の窃視」と「物語的窃視」との中間くらい。「裸の窃視」といえなくもないが、ここにはあの情けなかった夫がキッパリと居候を断っている、という物語が露呈している。
お隣の金馬夫婦の喧嘩を、藤原釜足が「窃視」する。80。「物語的窃視」。
その直後、仲直りしている宇留木浩、千葉早智子の夫婦を庭から藤原釜足が「窃視」する。80。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらい。矢張りここでも「仲直りをしている」という物語が込められている。

8「妻よ薔薇のやうに」(1935)

日本のトーキー映画としては初めて海外で公開された映画である「妻よ薔薇のやうに」は、母(伊藤智子)と娘(千葉早智子)を棄てて信州で愛人(英百合子)と暮らす父、丸山定夫を、娘の千葉早智子が単身、連れ戻しに行く、という物語である。

東京の街を歩いている父、丸山定夫の姿を、タクシーの中から千葉早智子が「窃視」する。90。「物語的窃視」。これにより物語が論理的に始動している。
信州で、鞄を頭に載せ、ノートを読みながら歩いて来る少年(英百合子の息子・伊藤薫)を、千葉早智子が「窃視」したあと、道を尋ねる。90。「物語的窃視」
その後、千葉早智子が伊藤薫と丸山定夫を迎えに出て行ったあと、英百合子の娘、堀越節子が、鏡台の前で立ち尽くす母、英百合子の後ろ姿を「窃視」する。90。「物語的窃視」。「母の悲しみ」という物語の露呈
風呂に浸かっている堀越節子が、一緒に入っている千葉早智子の横顔をチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」。すぐそばにいる千葉早智子を「窃視」するのなら、千葉早智子の「集中」の度合が強くなければならないが、ここでの千葉早智子はただ風呂に浸かっているに過ぎず、従って「集中」の演出が弱いようにも見える。
奥の間で、肩を揉み、揉まれている丸山定夫と英百合子の姿を、縁側の障子にもたれながら千葉早智子が「窃視」する。95。「裸の窃視」★。「仲睦まじい」という物語が込められていると見て「物語的窃視」寄りと見ることも可能である。見つめていた千葉早智子は、その後目を伏せる。この「目を伏せる」という演出は、逆に「それまでは見つめていた」ことを強調するために良くなされる演出である。
夜、土間で仕事をしている英百合子の後ろ姿を、千葉早智子が「窃視」する。95。「裸の窃視」★。「背中」という無意味な部位を見つめる「裸の窃視」である。
信州から東京へ向う汽車の中、千葉早智子の回想のナレーションをバックに、隣の座席でオチョコで酒を飲んでいる父、丸山定夫の姿を千葉早智子が「窃視」する。75。「裸の窃視」★。酒を飲んでいる男が対象となったものとしては、珍しい「裸の窃視」である。
東京へ帰って来たあと。劇場で眠ってしまった丸山定夫を、伊藤智子と千葉早智子が「窃視」する。40。伊藤はさっさと退場してしまい、千葉早智子もすぐ丸山を起こしにかかっていて「見つめる」という行為が弱い。よってこれは「窃視」ではない。
ラスト、座って泣いている母、伊藤智子を、千葉早智子が「窃視」している。60。「負の窃視」。「母の負け」という物語の露呈。人物配置、集中等の観点から「窃視」としては弱いかもしれない。

9「サーカス五人組」(1935)

地方回りの楽団の男たち(大川平八郎、藤原釜足、橘橋公等)と、曲馬団の娘たち(堤真佐子、梅園龍子等)の、片時の出会いと別れを撮った夏の映画である。娘たちの父で曲馬団の団長が丸山定夫。藤原釜足に思いを寄せる女が清川虹子。

ストライキをしている曲馬団の男たちが旅館の二階から、街を回っている楽団を、「窃視」する。70。「負の窃視」。自分達の仕事を取られた、という物語が露呈している。
小川で洗濯をしている大川平八郎を、斜め後ろに座っている堤真佐子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
その後二人は海へ行き、地方回りの放浪生活は人間をだめにすると話してしゃがみ込んだ堤真佐子の後ろ姿を、大川平八郎が「窃視」する。85。「裸の窃視」★。まじまじと見つめる大川平八郎を近景で撮っており「裸の窃視」の趣旨が露呈している。
楽屋で、橘橋公の着物の中から財布を盗もうとしている玉乗り娘の三条正子を、橘橋公が「窃視」する。80。「物語的窃視」
舞台で踊る女たちを、団長の丸山定夫が「窃視」する。70。「物語的窃視」
舞台でバイオリンを弾いている大川平八郎を、丸山定夫と堤真佐子が「窃視」する。70。「物語的窃視」
ブランコから落下した梅園龍子を、姉の堤真佐子が看病しながら「窃視」する。80。「物語的窃視」
街道を歩いて来た藤原釜足を、清川虹子が「窃視」し、走り寄る。70。「物語的窃視」

10「噂の娘」(1935)

経営の傾きかけた下町の造り酒屋での出来事を、主人(橘橋公)と二人の娘(千葉早智子と梅園龍子)、祖父(汐見洋)、そして主人の妾(伊藤智子)を絡めて撮られた秋の映画である。二年後に成瀬と結婚する千葉早智子に対するクローズアップだけが「過剰」気味に撮られている。

商店街を自転車で通り過ぎる父、橘橋公を、娘の梅園龍子が隠れて「窃視」する。80。「物語的窃視」
夜、酔って木戸から入って来る祖父、汐見洋の姿を、千葉早智子、梅園龍子の姉妹が「窃視」する。75。「物語的窃視」「負の窃視」。
店の酒樽から酒を出し、利き酒をしている祖父、汐見洋を、背後から橘橋公が「窃視」する。90。「物語的窃視」「負の窃視」。橘橋公は、自分の違法な酒造りが父にばれたのではと心配している。
商店街の家具屋で家具を見ている祖父、汐見洋の姿を、ガラス越しの縦の構図で千葉早智子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
店の帳場で仕事をしている父、橘橋公の姿を、千葉早智子が樽から酒を注ぎながら「窃視」する。95。「物語的窃視」。前回の論文ではこれを「裸の窃視」として扱ったが、しかしここには、父、橘橋公が違法な酒造りをしているのではないかという千葉早智子の疑念が挟まれており、従ってこれは「物語的窃視」なり「負の窃視」であると訂正する。
お見合い相手はお姉さんの良さが分からないのよ、といったあと、歌い出す梅園龍子を、千葉早智子が振り向き様「窃視」する。70。「負の窃視」。身勝手な妹に手を焼いている。
雨降りの日、店の従業員たちを、帳場から千葉早智子が「窃視」する。70。「物語的窃視」
店で樽から酒を注ぎ、利き酒をしている汐見洋の姿を、千葉早智子が帳場からわざわざ身を乗り出して「窃視」する。95。「物語的窃視」「負の窃視」
橋の上の梅園龍子と大川平八郎の姿を、千葉早智子が水上フェリーの中から「窃視」する。80.「物語的窃視」「負の窃視」
刑事に連れて行かれる橘橋公を、多くの人々が「窃視」する。80。「物語的窃視」「負の窃視」

11「桃中軒雲右衛門」(1936)

「二枚目」と言われる俳優が主役を努める成瀬映画にしては「立役」である月形龍之介が浪曲師として主人公を務めた、成瀬「らしからぬ」作品である。芸道のために女も子供もすべて犠牲にしてしまう浪曲師、月形龍之介とその妻、細川ちか子との関係を、パトロンの三島雅夫、芸人の藤原釜足などを絡めながら撮られている。

汽車の中で、月形龍之介が、横の座席に座っている細川ちか子を「窃視」する。75。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらい。細川ちか子はすぐに気付いてしまう。キャメラが月形龍之介から細川ちか子へとパンする持続の中で撮られている。
静岡の料亭で飲んで帰って来て、座りながら目を閉じている月形龍之介に羽織をかけながら、その後ろ姿を細川ちか子が立ったまま「窃視」する。80。「裸の窃視」★
その直後、やって来た息子の前で浪花節を披露したあと、息子を諭す月形龍之介を、背後で三味線を弾いている細川ちか子がチラチラと「窃視」する。70。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらいか。モンタージュされていないフルショットの縦の構図で、今ひとつ「窃視」としては弱い。
息子を諭している月形龍之介を、三島雅夫が「窃視」する。70。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらい。三島雅夫はすぐに目を逸らす。目を逸らす、というのは、それまで見ていた、という事実を補強する演出である。
料亭で、銭を箸で掴んだ分だけもらえるゲームを芸者にさせている藤原釜足を、月形龍之介が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
舞台で演じている月形龍之介が、細川ちか子の三味線の調子がはずれたことに気付いてキッっと振り向くと、月形龍之介を「窃視」していた細川ちか子が目を逸らす。70。「負の窃視」。これは、調子のはずれた三味線に悠々と歌っている月形龍之介を細川ちか子が軽蔑しての「窃視」であり、「負の窃視」である。
もう一度、同じような細川ちか子の「窃視」がある。70。「負の窃視」
その直後、楽屋で立って羽織を脱いで着替えている細川ちか子の姿を、座っている月形龍之介が「窃視」する。「負の窃視」。70。三味線の調子がはずれたことが問題となっており、負の意味が込められている。
ラストの病室で、息絶えた細川ちか子を、月形龍之介が「窃視」する。80。「物語的窃視」。「死」という物語から断絶していない。

12「君と行く路」(1936)

妾の息子として生まれた二枚目の男、大川平八郎が、金持ちの娘、山県直代との結婚を反対され、どちらも命を絶って果てて行く心中ものの作品であり、現存する成瀬映画の中では、最初の本格的なラブストーリーである。

序盤、鎌倉の家に酒をもらいに来た藤原釜足一行が出ていったあと、弟の佐伯秀男が、椅子に座っている兄の大川平八郎を「窃視」する。75。「物語的窃視」。
電車の中で、後方の座席に座っている堤真佐子を、佐伯秀男が「窃視」する。80。「裸の窃視」★。パンによる持続した運動によって撮られている。見ていたことを知られた佐伯秀男は、恥かしそうに目を逸らしている。恋愛感情を持った者が相手を「裸の窃視」をしたあと、見ていたことを相手に気付かれて、恥かしそうに目を逸らす、という出来事が成瀬映画に最初に現われたのはこのシーンではないかと思われる。

13「朝の並木道」(1936)

田舎娘の千葉早智子が、親友のオフィスガール赤木蘭子に就職を頼って上京したところ、彼女は実は女給であることが判明し、千葉早智子も就職難で職が見つからず、結局赤木蘭子の働く酒場の女給となり、そこで出会った客のサラリーマン、大川平八郎と恋に落ちるという物語である。

田舎の農道で、かごを背負って歩いてゆく女を、東京行きのバスを待っている千葉早智子が「窃視」する。90。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらい。
東京のビル街で、歩いてゆく和服姿のオフィスガールたちを千葉早智子が「窃視」する。90。「欲望の窃視」。トラッキングによる「窃視」
食堂の壁の鏡の中に自分を見ながら「わたし変わったかしら?」と呟く親友の赤木蘭子を、千葉早智子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
カフェの二階の下宿部屋で、新しくやって来た女給が身支度をしている姿を、千葉早智子と親友の赤木蘭子が二人で「窃視」する。60。「物語的窃視」
カフェで働く女たちを、暖簾の陰から千葉早智子が「窃視」する。75。「物語的窃視」
客たちを、カフェの女たちが「窃視」する。70。「物語的窃視」
夜、「女給入用」の紙を剥がす女将の清川玉枝を、散歩に出た千葉早智子が「窃視」する。90。「物語的窃視」
路地をゆく酔っ払いや物売りの娘たち、あんまなどを、千葉早智子が下宿の二階から「窃視」する。90。「物語的窃視」
酔って帰って行く大川平八郎の後ろ姿を、千葉早智子が「窃視」する。90。「裸の窃視」★
オフィス街を歩いているサラリーマンやOLたちの後ろ姿を、就職の面接を受けに来た千葉早智子が「窃視」する。80。「欲望の窃視」
その直後、反対方向から偶然歩いて来た大川平八郎が、千葉早智子を見つけ、振り向き様「窃視」する。60。「物語的窃視」
橋でしゃがみながら、地面に『小川、、』と、大川平八郎の名前を書いている千葉早智子を、偶然通りかかった大川平八郎が「窃視」する。70。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間やや「物語的窃視」寄りか。やって来た大川平八郎と奥の千葉早智子との縦の構図が「見ること」において弱く、極めて微妙に撮られている。
女給になってから日も経ったある日、鏡台の前で化粧をしている千葉早智子を、後ろから親友の赤木蘭子が、チラリと「窃視」する。80。「物語的窃視」。千葉早智子が女給の生活に慣れてきた、という物語が露呈している
新婚旅行の列車の中で、見回りの警官とおぼしき人物を、大川平八郎が「窃視」する。75。「物語的窃視」
旅館で朝、新聞に自分の横領事件の記事が出ているのを見つけた大川平八郎が、鏡台に向って化粧をしている妻、千葉早智子を、「窃視」する。85。「物語的窃視」
その直後、路地を自転車で走っている警官を、大川平八郎が旅館の二階の窓から「窃視」する。90。「物語的窃視」
その後、山道で止まっているパトカーの警官たちを、大川平八郎がタクシーの中から「窃視」する。70。「物語的窃視」
ラストシーン、去って行き、路地の陰へ消えて行った大川平八郎の後ろ姿を、一歩二歩、前へ出ながら千葉早智子が「窃視」する。100。「裸の窃視」★

14「女人哀愁」(1937)

軟弱なブルジョア男、北沢彪の邸宅へ嫁に行った入江たか子が、嫁入り先の家族から女中のように扱われ、いじめられ、たまらず決別宣言をして家を出るという物語である。

ウィスキーを飲んでいる夫、北沢彪の姿を妻の入江たか子がチラリと「窃視」する。80。「負の窃視」
妹の沢蘭子に会いに来た大川平八郎を追い払う夫、北沢彪の姿を、入江たか子が「窃視」する。60。「負の窃視」。入江たか子は、北沢彪を見ているのか、大川平八郎を見ているのか、視線の向きがはっきりしない。
縁側で障子の窓を掃除している入江たか子を、沢蘭子が「窃視」する。40。「物語的窃視」。沢蘭子に見つめる意志が希薄である。
路地で話をしている入江たか子と大川平八郎の姿を、北沢彪の妹(小姑)が「窃視」する。80。「物語的窃視」。「目撃型」の「物語的窃視」の典型である。
食卓で、父、橘橋公の喉仏(のどぼとけ)を、次男が「窃視」する。80。「物語的窃視」
大川平八郎と会ったことを、入江たか子が居間で夫の北沢彪に咎められているところを、二間続きの部屋で火鉢を突付いていた沢蘭子が「窃視」する。75。「物語的窃視」
続いてそれを次男が「窃視」し、遊びに来ていた入江たか子の弟、伊藤薫に「何でもないんだよ」と言う。85。「物語的窃視」
実家に帰って、縁側で物思いに耽っている入江たか子を、友人の堤真佐子と弟の伊藤薫が「窃視」する。50。「物語的窃視」。一見二人は、入江たか子を「裸の窃視」しているようにも見えるが、次のショットで二人は入江たか子など見つめてはおらず、背後でダンスに興じてしまっており、「見つめよう」という意志の薄弱であることこそが強調されている。

15「雪崩」(1937)

成瀬がキャメラに紗をかけながらナレーションを活用して話題となった、梅雨から初夏にかけての在るブルジョア家庭を描いたこの「雪崩」は、日本的で従順で、義父の汐見洋に言わせると「無抵抗で弱虫な女」である嫁、霧立のぼるに不満を持ち、西洋的で自立した女、江戸川蘭子への愛を募らせた夫、佐伯秀男が、妻との偽装心中を企む作品である。

回想の名古屋のホテルの部屋で、父、汐見洋に電報を打っている佐伯秀男の姿を、霧立のぼるが「窃視」する。70。「物語的窃視」。対象の佐伯秀男のショットが中々入らず紛らわしいが「窃視」の趣旨で撮られている。
その後、ホテルのロビーにやって来た義父、汐見洋の後ろ姿を、霧立のぼるがチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」
鎌倉の海辺の別荘で、考え事をしている姉の江戸川蘭子を、弟の生方明が「窃視」する。60。「物語的窃視」
レストランの向かいの席で食事をしている父、汐見洋の姿を佐伯秀男が「窃視」し、鼻に何か付いてますよ、と指摘する。70。「物語的窃視」。こういう無駄な「窃視」は、「めし」(1951)以降にはなくなってゆく。
江戸川蘭子の屋敷で、トランプのカードをいじっている汐見洋を、帰って来た江戸川蘭子がまじまじと「窃視」し、泣き崩れる。80。「裸の窃視」★
心中の道行きとしての名古屋行きの列車の向かいの席で、みかんの皮を剥いている霧立のぼるを、佐伯秀男が「窃視」する。80。「負の窃視」。愛してもいない妻に対するものである。
名古屋のホテルに到着後、部屋の窓辺で化粧を直している霧立のぼるを、佐伯秀男が「窃視」する。80。「負の窃視」。
佐伯秀男が毒薬を買ってホテルの部屋に帰って来たあと、窓辺で椅子に座り、化粧をしている霧立のぼるを「窃視」する。80。「負の窃視」

1617「禍福・前編・後編」(1937)

肉体関係をもった許婚の高田稔に裏切られた入江たか子が、隠れて高田稔の子供を産みながら、復讐をするドラマである。高田稔の妻(竹久千恵子)、入江たか子の友人(逢初夢子)などを交えながら、前編、後編に分けて撮られている。

前編の窃視
入江たか子の家で、親友の逢初夢子とひそひそ話をしていた入江たか子が、母の伊藤智子に話を聞かれはしなかったかと、小窓から顔を出し、二人で、伊藤智子の方向を「窃視」する。60。「物語的窃視」。果たして二人が伊藤智子を視線で捉えていたかは不明であり「窃視」としては微妙
駅沿いの階段の道で、高田稔についての好ましからざる噂を逢初夢子から聞いたあと、階段を下りて去って行く入江たか子の後ろ姿を、逢初夢子が「窃視」する。70。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい。逢初夢子はそのまま入江たか子の後ろ姿を見つめており、時間も空間も「断絶」してはいないが、主観ショットで撮られていることから、趣旨として「窃視」かも知れない。
桐生のシークエンスで、馬に乗ってやって来た竹久千恵子を、土手に寝そべりながら、高田稔が「窃視」する。「物語的窃視」。70。次のショットで背中を向けていた竹久千恵子が振り向いて高田稔の名前を呼ぶことから、高田稔が見つめていた時点で竹久千恵子は「見られている事を知らない者」であったともいえるが「窃視」の演出としては弱い。
馬に乗って去って行く竹久千恵子の背中を、高田稔が「窃視」する。「裸の窃視」★。80。高田稔はそのまま竹久千恵子の後ろ姿を見つめており、ここでもまた②と同様に、時間と空間の「断絶」の演出はなされていない。しかしここで竹久千恵子のイメージ上のクローズアップが見つめている高田稔の顔とオーヴァーラップで二重写しされることからして、「窃視」の趣旨で撮られているように見える。
桐生での見合いのあと、ダンスをする高田稔と竹久千恵子の二人を、周囲の者たちが「窃視」する。70。「物語的窃視」。
高田稔が桐生から帰ったあとのシークエンスで、清川玉枝の洋服屋から出て行く入江たか子と逢初夢子の後ろ姿を、たまたま居合わせた高田稔が「窃視」する。80。「物語的窃視」
留守の高田家からの帰り道、路地ですれ違った乳母車を押す女の後ろ姿を、入江たか子が振り向いて「窃視」する。90。「欲望の窃視」

●後編の窃視
洋裁店で、女主人の清川玉枝らに、高田稔との結婚を報告している竹久千恵子を、店員の入江たか子が幾度か「窃視」する。80。「物語的窃視」
公園で息子の写真を撮っている見知らぬ父親の姿を、ベンチに座っている入江たか子が「窃視」する。85。「欲望の窃視」
下宿先の今川焼き屋の店の前で風船遊びをする近所の子供たちを、店の中から入江たか子が「窃視」する90。「欲望の窃視」
入江たか子が高田稔の家へ住み始めてしばらくして、赤ん坊の熱も下がり、いよいよ高田稔もフランスから帰るという話を竹久千恵子から聞いたあと、赤ちゃんが寒がるからと戸を閉めに行った竹久千恵子の姿を、入江たか子が成瀬目線で「窃視」する。80。「裸の窃視」★
高田稔の屋敷の外で入江たか子と話している逢初夢子の姿を、竹久千恵子が「窃視」する。100。「物語的窃視」。あの人どこかで会ったことが、、という物語が込められている。主観ショットで撮られており「窃視」としての強度が強い
夜、高田稔の屋敷で、廊下を歩いて行く入江たか子の後ろ姿を、階段から高田稔が「窃視」する。75。「物語的窃視」
その直後、入江たか子の部屋の前で入江の名前を呼ぶ夫、高田稔の姿を、竹久千恵子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。夫の挙動に不審を感じている。
逢初夢子の屋敷で告白後、帰宅する高田稔の後ろ姿を、ちょうどやって来た竹久千恵子が「窃視」する。90。「物語的窃視」。どうして夫がここにいるの、、という「物語」が露呈している。

18「鶴八鶴次郎」(1938)

男の太夫(長谷川一夫)と女の三味線(山田五十鈴)という組み合わせで人気を馳せる芸人コンビの「芸道もの」であり、頑固な長谷川一夫と勝気な山田五十鈴との幾度も繰り返される喧嘩シーンを見所としながら、番頭の藤原釜足と、タニマチである大川平八郎との関係を散りばめて撮られている。長谷川一夫は、山田五十鈴と仲の良い大川平八郎を嫌っており、そうした人物関係の下、映画は撮られてゆく。「窃視」は以下の通りである。
冒頭、神社で長谷川一夫と山田五十鈴がお参りをしているシーンで、先に参拝を終えた長谷川一夫が、目を閉じ、手を合わせてお祈りしている山田五十鈴を「窃視」する。85。「裸の窃視」★
山田五十鈴の母の法事の件で、山田五十鈴宅へと向かう途中の長谷川一夫が、山田五十鈴亭へ入ろうとしている大川平八郎の背中を「窃視」する。95。「物語的窃視」「負の窃視」
その直後、怒って路地を引き返す長谷川一夫を、通りがかりの藤原釜足が「窃視」する。90。「物語的窃視」。藤原釜足に呼び止められた長谷川一夫はびっくりしており、「集中」を強調している。
名人会のあと、楽屋で仲睦まじく褒めあっている長谷川一夫と山田五十鈴の二人を、付き人の藤原釜足と女が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
山田五十鈴の家で、新しく建てる寄席の名前を考えている長谷川一夫を、二間続きの奥の間から、キセルを吹かしながら山田五十鈴が「窃視」する。80。「裸の窃視」★?
大川平八郎が寄席の資金を出していた件で大喧嘩をしている長谷川一夫と山田五十鈴を、弟子の娘たちが「窃視」する。80、「物語的窃視」
旅回りに身を落としたあと長谷川一夫が、路地から店に入ってゆく男と女の芸人コンビを「窃視」する。90。「欲望の窃視」。
地方回りで、寄席をほったらかしにして酒を飲んで眠っている長谷川一夫を、地元の芸人やタニマチが「窃視」する。80。「負の窃視」
どぶ川に、長谷川一夫のポスターで作った船を流している子供たちを、長谷川一夫が「窃視」する。80。「負の窃視」。落ちぶれた境遇という「物語」が露呈している。
再びコンビを組み、大成功の名人会の舞台のあと、楽屋を出て行く山田五十鈴の後ろ姿を、長谷川一夫がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★。山田五十鈴が一度振り向き、長谷川一夫が自分のことを見ていないことを確認して出て行くと、すぐさま長谷川一夫が振り向き出口のあたりを見つめていることから、ここには「断絶」が生じており、これは綿密に「窃視」として撮られている
酒場のテーブルで物思いに耽っている長谷川一夫を、店の女が「窃視」する。80。「物語的窃視」
名人会の舞台で演じている長谷川一夫と山田五十鈴の二人を、舞台の袖から藤原釜足と三島雅夫が「窃視」する。70。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい
ラストのおでん屋で、物思いに耽ったように「流しでもして食って行けるさ、、」と言った長谷川一夫を、正面の藤原釜足が「窃視」する。80。「裸の窃視」★。見られていたことに気付いた長谷川一夫はびっくりしたように「何だいそのシケたツラは、」と返していることで、見られていたことを知らなかったことが強調されている。
その直後、画面の外から聞こえて来た三味線の音に長谷川一夫が「集中」し、キャメラが長谷川一夫に寄って行く。ふと長谷川一夫が気を取り直して前を見ると、キャメラは、じっと長谷川一夫の顔を「窃視」していた藤原釜足へと切り返される。見つめていたことを知られた藤原は慌てて目をそらす。95。「裸の窃視」★
さらにその直後、長谷川一夫の差し出した硝子のコップに酒を注ぐ藤原釜足が、チラチラと長谷川一夫の顔を覗き込む。キャメラが長谷川一夫へ切り返されると。長谷川はつがれた酒に「集中」していて、藤原釜足の視線に気付いていない。85。「裸の窃視」★

19「はたらく一家」(1939)

貧困労働者の家族に生まれた子供たちの自立への葛藤を描いたこの「はたらく一家」では、徳川夢声が父親役として出演している。
朝、家を出て路地を歩いてゆく家族たちの後ろ姿を、街のおばちゃんが「窃視」する。70。「物語的窃視」
ちゃぶ台で朝食を食べている子供たちを、父の徳川夢声がチラチラ「窃視」する。70。フルショットゆえ徳川夢声の視線の動きを良く見ないと見逃す
小僧になりたくない四男(平田武)が、道端で、自転車から降りて寝そべり、さぼっている小僧を「窃視」する。80。「負の窃視」。自分の将来と重ねている。
食堂を出て行く生方明の後ろ姿を、彼に密かに思いを寄せている女給の椿澄枝が店を出ながら「窃視」する。70。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらい
長男(生方明)から、家を出て自立することを切り出された父、徳川夢声が、その夜、食堂に集まっている息子たちをガラス戸の外から「窃視」する。80。「物語的窃視」 
あくる日、前を歩く出勤途中の息子たちの後ろ姿を、徳川夢声が「窃視」する。85。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい
夜道で、弟たちに古本屋に行くと偽って別れた次男(伊藤薫)が、遠巻きに弟たちを「窃視」してから、思いを寄せている椿澄枝の働いている食堂へ向う。70。「物語的窃視」。ロングショット。
その後、喫茶店で浪花節を歌っている次男、伊藤薫を父、徳川夢声が窓の外から「窃視」する。80。「物語的窃視」
その後、店を出る徳川夢声と、彼を見送る椿澄枝を、遠くの路地から伊藤薫が「窃視」する。75。「物語的窃視」
帰りの遅い生方明を心配し、二階へ上がってきて生方明の机の中を調べている父、徳川夢声を、狸寝入りしている次男の伊藤薫が「窃視」する。80。「物語的窃視」
酔って食堂に入ってきて、水をもらって飲んでいる生方明の姿を、女給の椿澄枝がチラリと「窃視」する。70。「裸の窃視」★。縦の構図。通常、酒を飲んでいる者は成瀬映画においては「負の窃視」の対象に過ぎないが、椿澄枝は生方明に密かに思いを寄せており、ここは「裸の窃視」に近づいている。
その直後、水を飲んでいる生方明を、ストーブに当たりながら椿澄枝がもう一度「窃視」する。80。「裸の窃視」★。これははっきりと「裸の窃視」
二階で、次男の伊藤薫から、長男の生方明は家を出る意志を固めたと聞いて「うーん」と考え込んでいる徳川夢声を、将棋をしている三男と四男が「窃視」する。70。「物語的窃視」。フルショットで撮られているが、見ていたことを知られた二人が慌てて目を逸らすことから、これは「窃視」として演出されている。
二日酔いで布団にうつ伏せに寝ながらキセルを吸っている父を、四男が窓枠まで移動して腰掛け、「窃視」する。85。「物語的窃視」。四男には、自分の将来について父親と話したがっている、という「物語」が露呈している

20「まごゝろ」(1939)

かつての恋人同士(入江たか子と高田稔)の娘たち(加藤照子と悦ちゃん)が、ひょんなことから親たちの過去を知ってしまい思い悩む、ある地方都市の夏を舞台に撮られた作品である。入江たか子は未亡人で、娘の加藤照子と、母、藤間房子と同居している。高田稔の妻は村瀬幸子で、娘の悦ちゃんと同居している。
街で学校の父兄たちが、友達と歩いている高田稔の娘、悦ちゃんを「窃視」する。80。「物語的窃視」。悦ちゃんの噂話をしている
悦ちゃんが、廊下を歩いて来た母、村瀬幸子を「窃視」する。「物語的窃視」。通信簿が良くなかった悦ちゃんは、母に見せるタイミングを見計らっている。
悦ちゃんが夜、父母(高田稔と村瀬幸子)の秘密の会話を遠巻きに「窃視」する。90。「物語的窃視」。「見ること」よりも、「盗み聞き」という、会話の内容の側面が際立っている。
高田稔の出征が決まったことについて、娘の加藤照子から聞かされて動揺している入江たか子を、祖母の藤間房子が「窃視」する。85。「物語的窃視」。見られていたことを知った入江たか子は動揺して目を逸らす。
その直後、娘の加藤照子が二間続きの隣の部屋に入って振り向き様、裁縫をしている入江たか子の姿を「窃視」する。80。「物語的窃視」。高田稔の出征の話を聞き、動揺している、という入江たか子の物語が露呈している。
悦ちゃんから、母、入江たか子と高田稔との昔の関係について聞いてしまったあと、帰宅した加藤照子が、直接裏木戸から庭へ入ってきて、身を隠すようにしながら、裁縫をしている母、入江たか子を「窃視」する。100。「裸の窃視」★。成瀬映画史に輝く「裸の窃視」である。確かに娘は、母と高田稔との関係を疑うという「物語」を感じているが、まじまじと母を見つめるその瞳には、「物語」を超え、ひたすら「ほんとう」を求めようとする娘の欲望が露呈している。
その後、縁側での母、入江たか子との食事を早々に切り上げ、場所を移動し、うちわで自分の右目を隠しながら、加藤照子が左目で、食事をしている母、入江たか子を「窃視」する。100。「裸の窃視」★。⑥に同じ
泣いている娘、加藤照子を諭している入江たか子を、縁側から入って来た祖母、藤間房子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
河原で釣りをしている高田稔を、加藤照子が「窃視」する。85。「物語的窃視」。ロングショット。あの人がうちのお母さんの恋人だった人、という「物語」が露呈している。
河原で、久々の再会をした入江たか子と高田稔が話している姿を、悦ちゃんの方へ駆け寄りしゃがみながら加藤照子が「窃視」する。70。「物語的窃視」
河原で、高田稔とその娘の後ろ姿を笑顔で見送りながら、入江たか子がふと自分の娘へ振り返るとそこに娘はおらず、娘はしゃがり込んで入江たか子の笑顔をじっと「窃視」していた。85。「裸の窃視」★。母にすれば、ドキリとする衝撃の盗み見である。嬉しそうに高田稔を見送る姿を、見事に「窃視」されている。しかし娘の透き通った眼差しは、決して「物語」を読もうとするものではなく、純粋に、母の嬉しそうな顔を愛でている。
帰宅後、亡き父の写真に高田稔の顔をオーヴァーラップで重ねて見ながら、加藤照子が二間続きの部屋で裁縫をしている入江たか子を「窃視」する。90。「物語的窃視」。自分の父親は高田稔ではないかと言う「物語」が露呈している。
二間続きの部屋で、祖母の肩を揉んでいる娘、加藤照子を、入江たか子が裁縫をしながら「窃視」する。75。「裸の窃視」★
街を歩いている入江たか子を、通りがかった村瀬幸子が「窃視」する。40。「物語的窃視」。村瀬幸子はすぐ入江たか子に声をかけており「見ること」に関して弱く、従ってこれは「窃視」ではない。
その後、去って行く村瀬幸子の後ろ姿を、入江たか子が振り向き様に「窃視」する。70。「負の窃視」。ここでは一様、村瀬幸子は入江たか子の顔の向きとは反対側方面へと去って行くことから、空間の「断絶」が生じており、それを入江たか子が「振り向く」という行為によって見つめることは「窃視」ということになるだろう。やや弱い気もするが。
眠っている祖母、藤間房子を加藤照子が「窃視」し、眠っていることを確認してから人形を高田稔の家に帰しに行く。80。「物語的窃視」。祖母が眠っている今のうちに、という物語が露呈している。

21「旅役者」(1940)

この前後に千葉早智子との離婚が成立、対中戦争も架橋に入る。これは地方周りの劇団で、馬の足を演じる二人組み(前脚の藤原釜足と後ろ脚の柳谷寛)が、ひょんなことから役を失い、失業するという物語である。
戦争へ借り出されてゆく馬を、藤原釜足と柳谷寛が「窃視」する。90。「物語的窃視」、、、
カキ氷屋で、氷をかいている山根寿子の姿を、柳谷寛が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
楽屋で、馬のぬいぐるみを修理している女を見つめている中村是好の姿を、やって来た藤原釜足が「窃視」する。80。「負の窃視」。中村是好は馬のぬいぐるみを踏み潰した張本人である。
暴風雨の翌朝、馬小屋を立てている同僚を、楽屋の窓を通して藤原釜足が「窃視」する。80。「物語的窃視」
街を引かれてゆく馬を、藤原釜足と柳谷寛が「窃視」する。80。「負の窃視」。
馬ににんじんをやっている厩務員を、楽屋の窓から藤原釜足が「窃視」する。80。「負の窃視」。自分たちの仕事が本物の馬によって奪われてしまったから。
その後、自分たちの役を奪ってしまった憎っくき馬(ほんもの)を、馬の前に立ち塞がった藤原釜足が「窃視」する。90 

22「なつかしの顔」(1941)

戦時中のとある農家の嫁、花井蘭子は、姑の馬野都留子と義弟の小高たかし、そして赤ん坊の3人で、戦地へ赴いた夫不在の家を守っている。そこへ、出征した夫が映っているというニュース映画が亀岡で上映しているとの噂を聞き、歩いたり、バスに乗ったり荷車に揺られたりしながら、隣町までせっせとカツドウを見に行く、、、「なつかしの顔」という映画はそんな短編映画の傑作である。
小高たかし(花井蘭子の義弟)が、ヒコーキのおもちゃを囲んでいる子供たちを「窃視」する。70。「欲望の窃視」
バスの窓から花井蘭子が、軍事訓練をしている兵士たちを、バスに揺れるカメラの主観ショットで「窃視」する。80。「物語的窃視」。
農道で挨拶をし、去って行く近所の父子を、馬野都留子が「窃視」する。70。「物語的窃視」
亀岡で、映画館の中へ入って行く男を、映画館の前で子供をおぶってうろうろしている花井蘭子が振り向き様「窃視」する。75。「物語的窃視」
農道で泣いている小高たかしを慰めている花井蘭子を、子供が「窃視」する。70。物語的窃視」

23「秀子の車掌さん」(1941)

成瀬が初めて高峰秀子と組んだこの作品は、甲州街道を走るバスのガイドをする高峰秀子が、井伏鱒二をイメージしたと思われる夏川大二郎からガイドの指南を受けながら、経営の悪化したバス運営を、運転手の藤原釜足(鶏太)と共に立て直そうと奮闘する物語である。
バスの中の乗客に切符を渡している高峰秀子を、振り向きながら運転手の藤原鶏太(藤原釜足)が「窃視」する。70。「物語的窃視」。
子沢山の乗客を、高峰秀子がチラチラ「窃視」する。70。「物語的窃視」
藤原鶏太(藤原釜足)が、氷屋でシロップを汲んでいる姿を、背後から子供たちが「窃視」する。70。「物語的窃視」
旅館の自室で、名所案内の原稿を読んでいる夏川大二郎を、高峰秀子が「窃視」する。70。「裸の窃視」★
旅館に滞在している夏川大二郎に原稿料を持って行ったとき、通りすがりの女性客を夏川大二郎が「窃視」し、逃げる(おそらく前日、二階の窓から間違って水をかけてしまった女性であると推測される)80。「物語的窃視」
盲目の乗客を、高峰秀子が「窃視」する。70。「物語的窃視」

24「母は死なず」(1942)

いよいよ大東亜戦争へ突入し、巻頭に「忠魂へ、遺族援護の捧げ銃」という一枚タイトルが挿入されたこの「母は死なず」は、武家の女である入江たか子が重病となり、子供の重荷になってはとみずから命を絶ち、残された夫(菅井一郎)が、妻の想いを胸に息子(小高まさる)を一人前に育て上げてゆくという物語である。
序盤、あなたのご主人に投資したお金を返して欲しいと談判にやって来た藤原釜足と、母、入江たか子の二人を、隣の部屋で机に向っている息子(小高まさる)が、振り返って何度も「窃視」する。70。「物語的窃視」「負の窃視」。
会社が倒産した夜、酔って帰宅途中の菅井一郎が、路地で偶然会った藤原鶏太(藤原釜足)親子と別れたあと、振り返って彼らの後ろ姿を「窃視」する。75。「裸の窃視」★。振り向く事で時間の「断絶」が生じている。
その後、宴会帰りの菅井一郎が、蒲団の中で眠っている息子、小高まさるを「窃視」する。40。これは狸寝入りで「窃視」ではない。
その直後、枕元に置かれたお土産を取ろうとしている小高まさるを、菅井一郎が「窃視」する。75。「物語的窃視」
初めて行った職業安定所から帰って来て、寝そべっている菅井一郎を、裁縫をしながら入江たか子が「窃視」する。70。「物語的窃視」(疲れて眠っているという)と「裸の窃視」との中間くらいか
その後、菅井一郎が、眠っている小高まさるを「窃視」する。70。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらいか。ロングショットの縦の構図。この子をどうして養っていこう、という物語が込められている。
学校の校庭で、生徒たちに軍国主義的訓示を述べている教師(藤田進)を、菅井一郎が「窃視」する。70。「物語的窃視」。戦争モードの「窃視」である。
裁縫をしている入江たか子を、正面に座っている菅井一郎がチラリと「窃視」して、息子に「医者を呼んできなさい」と命じる。80。「裸の窃視」と「物語的窃視」(顔色が悪いという)との中間くらい。
縁日で再会した幼馴染の娘が去って行く後ろ姿を、小高まさるが「窃視」する。70。「物語的窃視」。小高は、一度反対方向へと歩き出してから、振り向き様「窃視」しており、時間の「断絶」が生じている。
バットとグラブを買って路地を歩いてゆく菅井一郎とその息子、小高まさるの後ろ姿を、大家と近所の女が歓心しながら「窃視」する。70。「物語的窃視」
路地で、喫茶店の娘、加藤照子としゃべっている息子、小高まさるの姿を、菅井一郎が「窃視」する。80。「物語的窃視」。加藤照子は●「まごゝろ」(1939)で入江たか子の娘を演じている。
その後、下宿で、立って本を読んでいる小高まさるの姿を、菅井一郎が二間続きの部屋から「窃視」する。75。「物語的窃視」
「発明なんかお父さんには無理だ」という菅井一郎を、起き上がり様に小高まさるがチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」
銀座で、友達と煙草を吸いながら歩いている息子、斎藤英雄の姿を、車の中から菅井一郎が「窃視」する。90。「物語的窃視」「負の窃視」。窓枠とガラスとを挟んだ「窃視」は珍しい。

25「歌行燈」(1943)

いよいよ戦渦も高まり「一億で背負へ、譽の家と人」というタイトルが入るこの作品は、ひょんなことから破門された能の歌い手、花柳章太郎と、売られた芸者、山田五十鈴との運命的なロマンスを描いた作品である。花柳章太郎の師匠で義父の大矢市次郎、その朋友が伊志井寛、花柳章太郎の流しの仲間が柳永二郎、花柳章太郎に恥をかかされ命を立ったのが宋山、その娘が山田五十鈴である。
伊瀬の古市への汽車の中へ駆け込んできた大矢市次郎と伊志井寛の二人を、窓際の座席に座っている花柳章太郎が「窃視」する。70。「物語的窃視」
汽車の中で、窓際に座っている我が子(養子)花柳章太郎の姿を、養父の大矢市次郎が「窃視」する。85。「裸の窃視」★。主観ショットで
古市の宗山(村田正雄)の料理屋で、女中に肩を揉んでもらっている宗山のシルエットを、入って来た花柳章太郎が障子越しに「窃視」する。90。「物語的窃視」。シルエットを「窃視」するというのは、●「夫婦」(1953)で、出張から帰って来た上原謙が、下宿の二階で踊っている人々の姿を路地から「窃視」するものと、●「女優と詩人」(1935)において、越して来た若いカップル佐伯秀男と神田千鶴子がダンスを踊っている姿のシルエットを、飲んで帰って来た宇留木浩が「窃視」するシーンの三つしかない。
その後、お茶を出し立ち去って行く山田五十鈴の姿を、花柳章太郎が「窃視」する。40。山田五十鈴の「集中」が弱い。
流しのショバのことで揉めている花柳章太郎と柳永二郎の二人を、店の女たちが「窃視」する。70。「物語的窃視」。
茶屋の床机の上で眠ってうなされている花柳章太郎を、柳永二郎が「窃視」する。40。柳永二郎はすぐ花柳章太郎を起こしにかかっていて、しっかり見つめていない。
柳永二郎の回想の中で、馬車の中で泣いている山田五十鈴を、御者の柳永二郎が「窃視」する。80。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらい。
7日間の舞の稽古が終わり、森の中を走り去って行く花柳章太郎の後ろ姿を、山田五十鈴が「窃視」する。40。「断絶」が生じていない
名月の夜、旅館で、大矢市次郎の前で舞を踊っている山田五十鈴を、庭から入ってきた花柳章太郎と柳永二郎が「窃視」する。70。「裸の窃視」★

26「愉しき哉人生」(1944)

馬車の荷台に揺られながら日傘を差して、とある町にどこからともなくやって来た柳家金語楼一家が、町の者たちに節約法を教えて去ってゆくという、戦争末期における物資不足に対する啓蒙を描いたともとれる作品であり、「撃ちてし止まむ」という勇ましいタイトルの入る作品でもある。
お経をあげている桶屋夫婦(永井柳作・原緋沙子)を、路地を通りすがりの薬屋(杉寛)が路地から「窃視」する。80。「物語的窃視」
煙草屋の中で店番をしている川田昌子を、通りがかりの清水将夫が「窃視」する。80。「物語的窃視」
街の修理をしている柳家金語楼を、時計屋夫婦(渡辺篤、清川玉枝)、本屋の生方明などが「窃視」する。70。「物語的窃視」
時計屋の渡辺篤が、自宅で時計の修理をしている柳家金語楼を「窃視」する。80。「負の窃視」。時計屋の渡辺は、時計の修理を請け負っている柳家金語楼が面白くない。
柳家金語楼の家の中に入ってく謎の男を、床屋のエンタツが「窃視」する。80。「物語的窃視」
柳家金語楼の家の中に入ってく謎の男を、床屋のエンタツ、花岡菊子の夫婦が「窃視」する。80
仲睦まじい新婚の写真屋(大崎時一郎・一之瀬綾子)を、清水将夫らが「窃視」する。80。「物語的窃視」

27「芝居道」(1944)

芸に生きる長谷川一夫と、それを陰で支える山田五十鈴を、長谷川一夫の師匠、古川ロッパとその娘、花井蘭子の支援などを絡めて撮られている。
山田五十鈴の舞台を、客席から長谷川一夫が「窃視」する。40。「物語的窃視」。
長谷川一夫に出て行かれた古川緑波の背中を、土間から上がってきた花井蘭子が三間続きの部屋から「窃視」する。80。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらいか
家の中から、旅順陥落のハタ行列に見入っている山田五十鈴の後ろ姿を、花井蘭子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★。まず立ち上がった山田五十鈴を成瀬目線で花井蘭子が追いかけて、目を伏せ、そのまま花井蘭子は右へと瞳を移行させるに伴ってキャメラがパンをすると、画面の中にハタ行列を見ている山田五十鈴の姿が入って来る、という複雑な演出。花井蘭子が一度「目を伏せる」ことによって時間的な「断絶」を感じることができる。
もう私は大丈夫です、お金は受け取れません、と山田五十鈴にいわれて、「ほんまは助かりますのんや、、」、と下を俯いた花井蘭子の顔を、山田五十鈴がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★。この「チラリと」というのは、先に「鶴八鶴次郎」(1938)で笠原和夫を引用して比喩された、あの「刑事の盗み見」のような感覚の一瞬の「窃視」である。
東京の新富座で、挨拶しながら通り過ぎてゆく更生した長谷川一夫の後ろ姿を、芸人が「窃視」する。ロングショット。70。「物語的窃視」
古川緑波の家で、肩衣を着け太夫を奏でている山田五十鈴を見つめている古川緑波を、娘の花井蘭子が「窃視」する。70。「裸の窃視」★
その後二人(古川緑波と花井蘭子)が座ったあと、山田五十鈴を見て泣いている古川緑波を、花井蘭子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
義太夫を奏でている山田五十鈴を、土間から女中と子供が身を乗り出して「窃視」する。ロングショット。50。「裸の窃視」。場所的関係から、果たして見えているのか、それとも声だけを聞いているのか今ひとつ分からないので「窃視」ではないとしておく
大阪での晴れ舞台が終わった長谷川一夫が人力車で家へ帰る途中、長らく会わなかった山田五十鈴の姿を細い路地に見つけ、その後ろ姿を、人力車の中から「窃視」する。100。「物語的窃視」。これは「裸の窃視」としたいところだが、長谷川一夫はこの時点では、山田五十鈴は自分を棄てて他の男の下へ走ったと誤解しており、自分のために身を引いたことを知らない。したがってこれは、相手の裸性に恍惚と没入してしまう「裸の窃視」ではなく、長らく会っていなかった山田五十鈴がそこにいる、という「物語」が露呈した「物語的窃視」に近い。
ラストシーン、和気藹々、古川緑波の話に聞き入っている長谷川一夫の横顔を、山田五十鈴がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★

28「三十三間堂通し屋物語」(1945)

戦前最後の作品であり、成瀬最初の時代劇でもある。弓矢の名人、長谷川一夫と、彼の記録を破るために挑戦の名乗りをあげた武士、市川扇升の対決を、市川扇升を預かる旅館の女将、田中絹代と長谷川一夫との関係を散りばめながら描かれた物語である。
宿屋の玄関で、逃げて行く浪人たちに虚勢を張る市川扇升を、宿屋の二階から長谷川が「窃視」する。70。「物語的窃視」。二階からの段差のある「窃視」である。
中盤、田中絹代の期待が、かえって市川扇升のプレッシャーになっていることを話してから部屋を出て行った長谷川一夫の後ろ姿を、田中絹代が「窃視」する。70。「裸の窃視」★。ひとつのロングショットだけで演出されていて極めて微妙であるが、田中絹代は心持ち一歩前に踏み出していて「断絶」を埋めているようにも見える。
長谷川一夫と市川扇升との闇試合で、市川の背後に位置する長谷川が、市川の矢を射る瞬間をチラリと見る。60。「物語的窃視」
長谷川一夫が田中絹代に、市川扇升の肩の「こり」を取る方法を教えたあと、急いで試合場へと走り去る田中絹代の後ろ姿を、長谷川一夫が「窃視」する。80。「裸の窃視」★。これもまた②同様、ロングショットひとつで演出されているために、趣旨として判断が難しいが、旅館の中にいた長谷川一夫は外へ出て田中絹代を見つめており、②に比べるとこちらの方がはっきりと「断絶」を生じており、「窃視」として撮られていると見てよい。

29「浦島太郎の後裔」(1946)

戦後民主主義を陰で利用して台頭する保守勢力に利用された復員兵、藤田進を主人公にして、新聞記者(高峰秀子)とその叔母(杉村春子)、財界の大物の娘(山根寿子)等を絡めて撮られたこの「浦島太郎の後裔」は、成瀬巳喜男の戦後第一作である。ヒゲぼうぼうの復員兵「うらしま」が、ラジオから「あーあ、お~」と不幸の叫びを暴露して民衆に呼びかける。彼を英雄に仕立て上げようとする新聞記者の高峰秀子がそれに応じて上野公園の森で「あーあ、お~」と呼ぶと、何処からか「あーあ、お~」が呼応する、といった寸法である。
公園で高峰秀子が藤田進を探し出したあと、話をしている藤田進を、高峰秀子がチラリと「窃視」する。60。「裸の窃視」★。
議事堂のてっぺんで「あーあ、お~」と叫び続けて力尽き倒れ、病院で眠っている藤田進を、高峰秀子が「窃視」する。60。「物語的窃視」。病状が問題となっている。「窃視」としては弱い
月夜の廃墟で、みずからの理想を力強く語っている藤田進の背中を、高峰秀子が「窃視」する。70。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらいか
党本部で、他の議員たちを指導している藤田進の後ろ姿を、ドアの付近から山根寿子が「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらいか
党本部で党員に「あーあ、お~」の指導をしている藤田進を、入って来た中村伸郎が「窃視」する。70。「負の窃視」。中村は、藤田が政治家に利用されていることを嘆いている。
その後、出て行く中村伸郎を見つめている藤田進の横顔を、横にいた山根寿子が「窃視」する。70。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらいか
国会議事堂の前で、別れて立ち去って行く中村伸郎の後ろ姿を、高峰秀子が「窃視」する。70。「裸の窃視」★。ロングショットで捉えている。
党大会を竜宮城に見立てたパーティで、踊っているダンサーの姿を遠巻きに見つめている藤田進の横顔を、横にいた山根寿子がチラリと「窃視」する。65。「裸の窃視」★
その後、ラジオのマイクに向って「あ~あ、お~!」と叫んでいる藤田進の後ろ姿を、背後に立っている山根寿子が「窃視」する。60。「裸の窃視」★
その後、ベンチに座っている藤田進と山根寿子を、背後から高峰秀子が「窃視」する。80。「負の窃視」

30「俺もお前も」(1946)

ワンマン社長、鳥羽陽之助の私用にこき使われるサラリーマン、横山エンタツと花菱アチャコの奮闘と悲哀を描いた作品である。
朝、フィアンセの件を切り出したあと、家を出て行く次女、河野糸子の後ろ姿を、父のエンタツが、廊下に身を乗り出して「窃視」する。80。「物語的窃視」
会社で社長の鳥羽陽之助に呼ばれて二階へ上がってゆくエンタツを、アチャコが成瀬目線で「窃視」する。65。アチャコは一度視線を切っており時間の「断絶」が生じているようにも見える。
伊豆の温泉の二階から、エンタツ・アチャコが新婚旅行のカップルの初々しい姿を「窃視」する。80。「欲望の窃視」。段差の「窃視」だが、下からも見える場所に二人は出ており、対象は「オブジェクト化」してはいない。
温泉の帰り道、社長の闇物資を背負って帰って行くエンタツ・アチャコを、通りすがりの温泉客たちが「窃視」する。60。「物語的窃視」。ロングショット
社長の鳥羽陽之助の自宅のパーティに借り出されたエンタツ・アチャコが、女装して踊りの練習をしているところを、同じく借り出されたエンタツの娘、山根寿子が廊下から「窃視」する。70。「負の窃視」
その後、社長の鳥羽陽之助がアチャコに「君とエンタツとは二人で一人前のゲタだ」と説教している場面を、山根寿子が廊下から「窃視」する。70。「負の窃視」。この場面は、伏せ目がちな山根寿子が象徴するように、「窃視」というよりも、鳥羽陽之助の会話の中身が重視された物語的な「盗聴」に近い
家で、父のエンタツが娘の山根寿子に、今日、父さんが社長にバカにされたことを知っていたのか、と聞いて、「はい」、と答えた山根寿子を、次女の河野糸子がチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」

31「別れも愉し(四つの恋の物語第二話)(1947)

東宝の第二次争議によってスターたちが大量に脱退して新東宝として分裂後、東宝に残った者たちによって撮られたオムニバス映画の一遍であり、木暮実千代と沼崎勲とのロマンス映画である。
バーにやって来た新聞売りの娘、竹久千恵子を、店の者たちが「窃視」する。70。「物語的窃視」
次のシークエンスの開始時、窓際に立っている木暮実千代が振り向き様に沼崎勲を「窃視」する。75。「物語的窃視」

32「春のめざめ」(1947)

思春期の少年少女たちを性的なエロスを絡めながら撮られている。主人公に久我美子、その親友に国井綾子、木匠マユリ。久我美子が密かに思いを寄せる少年が杉裕之、その友人に星野源、近藤宏などである。
家の裏でブローカーの男と逢引している女中を、久我美子が「窃視」する。(だが久我はすぐ女中の名を呼んでしまう)70。「物語的窃視」「欲望の窃視」
スカートをまくって小川を飛び越えようとする娘、国井綾子を、通りすがりの学生が「窃視」する。40。国井綾子は気付いていたようにすぐ学生を見返しているので「窃視」ではない。
農道ですれ違った若いカップルを、久我美子が振り向き様「窃視」する。100。「欲望の窃視」。バックで風に揺れている木々が恐ろしいほどのエロスを発散させている
黒板に女の裸の落書きをしている女子生徒を、女教師が「窃視」する。70。「物語的窃視」
路地を歩いている息子の杉裕之と久我美子の二人を、背後から父親の志村喬が「窃視」する。80。「物語的窃視」。
橋の上を歩いて行く女中とブローカーの男を久我美子が「窃視」する。70。「物語的窃視」「欲望の窃視」
その直後、橋の上から川を見ているブローカーの男を久我美子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
さらにその直後、橋の上で別れて去って行く杉裕之の後ろ姿を、振り向き様に久我美子が「窃視」する。75。「裸の窃視」★。これもまた「断絶」が問題となるが、別れた久我美子は一旦反対方向へと歩き始め、その後振り向いて杉裕之の後ろ姿を「窃視」しており、趣旨として時間の「断絶」を演出している。従って「窃視」とする。
ピクニックで、自分の手に刺さった棘をとろうとしている杉裕之の顔を、久我美子が間近から「窃視」する。だが、すぐ杉裕之は気付いて照れる。70。「裸の窃視」★。「窃視」はほんの一瞬で、すぐ杉裕之が気付いてしまうので「窃視」として微妙だが、この瞬間の二人を国井綾子が写真に撮っており、その写真にはまさに久我美子が杉裕之を「窃視」しているその紛れも無い瞬間が生々しく写されている。
⑨の二人を、国井綾子が写真に撮って「窃視」する。80。「物語的窃視」。国井綾子にとっては「物語的窃視」だが、写真の内容は「裸の窃視」である。
橋の上で逢引をしている同級生のカップルを、川で遊んでいる木匠久美子と国井綾子が二人で「窃視」する。80。「欲望の窃視」。思春期の娘たちの周囲には、多くのカップルがいて、彼女達の欲望を刺激している。
学校の帰り道、路地を歩いている久我美子の後姿を、背後から杉裕之が「窃視」する。70。「裸の窃視」★。第一に久我美子の後ろ姿が画面に映し出され、そこからすぐ杉裕之の呼びかける声→切返されて杉裕之、という流れである。杉裕之が声をかけるタイミングが早すぎるので、これもまた「窃視」としては微妙な演出として撮られている。
人力車に乗っている花嫁の壬生享子(杉裕之の姉)を、久我美子が「窃視」する。80。「欲望の窃視」。ちなみにこの直後、久我美子が人力車乗っている杉裕之を「窃視」しているようにも見えるが、杉裕之は久我美子が来ていることを知っており、これは「窃視」ではない。
木匠久美子の家での勉強会で、考え込んでいる星野和正の横顔を、久我美子が心配そうに「窃視」する。85。「物語的窃視」「負の窃視」。久我美子はあくまで星野和正に問題が解けるかどうか「心配そうに」見つめており、それは「問題が解けるかどうか」という「物語」が問題となっているので「裸の窃視」ではない。
その直後、本を熱心に読んでいる久我美子の横顔を、星野和正が「窃視」する。95。「裸の窃視」★。久我美子に思いを寄せる星野和正は、なめ回すようにまじまじと「窃視」している。
嫁に行って、遊びに帰って来た壬生享子が、机に向っている弟の杉裕之の背中を「窃視」する。だが、姉はすぐ弟に声をかけてしまう。60。「物語的窃視」
その直後、階下で両親と「子供はまだか、、」と両親にからかわれて照れている姉、壬生享子を、二階から杉裕之が「窃視」する。90。「物語的窃視」「欲望の窃視」
夏、山の頂上で、横で寝転んでいる久我美子の横顔を、星野和正が「窃視」する。75。「裸の窃視」★

33「石中先生行状記」(1950)

若山セツ子と進藤英太郎が、ひたすら笑うだけで楽しい「石中先生行状記」は、製作の藤本真澄と原作の石坂洋次郎の「青い山脈」コンビにかかる作品であり、多分に「青い山脈」大ヒットに便乗したオムニバスとなってはいるものの、三つの短編すべてに味わいがあり、開放的な時間に包まれている。

★「第一話・隠退蔵物資の巻」
農道で、木匠久美子にクリームをプレゼントしている堀雄二の姿を、宮田重雄、進藤英太郎、渡辺篤の三人が「窃視」する。70。「物語的窃視」
ぶどう園で、堀雄二が木匠久美子に真実を告白しているところを、石中先生(宮田重雄)が、「窃視」する。70。「物語的窃視」。どちらかといえば「盗聴」の意味合いが強い

★「第二話・仲たがいの巻」
裸踊りの看板を見あげている街の男たちを、背後から杉葉子が「窃視」する。75。「負の窃視」。
裸踊りを見に行った父親たちをとっちめようと、杉葉子と一緒に小屋へやって来た池部良が、裸踊りの看板に見とれている姿を、杉葉子が横から「窃視」する。75。「負の窃視」。杉葉子は、恋人の池部良が裸踊りの看板に見とれていることに唖然とする。
裸踊りを見て出て来た町の有力者たちの姿を、杉葉子と池部良が、隠れて「窃視」する。75。「負の窃視」「物語的窃視」。「隠れる」というのは、より相手を「オブジェクト化」する運動であり、成瀬「らしからぬ」ものである。
その後、小屋から出て来たそれぞれの父親たち(藤原釜足と中村是好)を、杉葉子と池部良が「窃視」し、とっちめる。70。「物語的窃視」「負の窃視」

★「第三話・干草ぐるまの巻」
手相見の田中春男に、今日明日中に理想の男性にめぐり合うだろうと占われた若山セツ子が、その後街へ出て、隣を歩いている男をチラチラと「窃視」する。70。「物語的窃視」。この人かな、という物語が込められている。
喫茶店で、学生たちが、若山セツ子を「窃視」する。70。「物語的窃視」
その直後、今度は若山セツ子が、学生たちを「窃視」する。70。「物語的窃視」
干草馬車の上で眠っている若山セツ子を、三船敏郎が「窃視」する。若山セツ子はすぐ目を覚ます。75。「裸の窃視」と「物語的窃視」との中間くらい。
囲炉裏の茶の間に入って来た三船敏郎を、若山セツ子が見上げながらチラチラ「窃視」する。70。「物語的窃視」
飯の炊き方を飯田蝶子から聞いたあと、大笑いしている若山セツ子の姿を、三船敏郎がチラリと「窃視」する。85。「裸の窃視」★。若山セツ子に見ていたことを知られた三船敏郎は慌てて目を逸らす。
タクアンを食っている若山セツ子を、三船敏郎の弟がチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」
食事している若山セツ子と三船敏郎が、交互にチラチラと「窃視」し合う。70。「裸の窃視」★

34「怒りの街」(1950)

女を騙して金を巻き上げる大学生の生態を描いた作品であり、この作品もまた「社会性」の強い作品である。前回の論文執筆時には、この作品は現存する成瀬映画の中で唯一見ることのできていなかった作品であったが、今回幸いにも見る事ができたので、ここに掲載、検討することにする。娘たちを騙す悪大学生が宇野重吉と原保美、宇野重吉が密かに思いを寄せる原保美の妹が若山セツ子、被害者が木匠久美子、久我美子、といった役どころである。
ダンスホールのテーブルで話している原保美と久我美子を、カーテンの陰から宇野重吉が「窃視」する。「物語的窃視」
踊っている原保美と久我美子を、周囲の客たちが踊りながら「窃視」する。「物語的窃視」
踊っている原保美と久我美子を、宇野重吉が「窃視」し、原保美のカバンを盗む。「物語的窃視」
帰りのバスの中で、座って本を読んでいる原保美を、見知らぬ女たちが「窃視」する。「物語的窃視」
ホールで立っている原保美を、木匠久美子が「窃視」する。見ていたことを知られた木匠久美子は恥かしそうに目を逸らす。「裸の窃視」★
ダンスホールで木匠くみ子と踊っている原保美を、宇野重吉と踊っている浜田百合子が「窃視」する。「物語的窃視」。人物の特定、という物語が込められている。
その後、テーブルに腰掛けた浜田百合子が、踊っている原保美を「窃視」する。「裸の窃視」★。既に浜田百合子は原保美を⑥において「特定」しており、ここでなされた「窃視」は「特定」を超えたものとなる。
ダンスホールで木匠くみ子と踊っている原保美を、チンピラの木村功が「窃視」する。「物語的窃視」
その木村功を、テーブルに座っている宇野重吉が「窃視」する。「物語的窃視」
ホールに入ってきた柳谷寛を、宇野重吉が「窃視」する。「物語的窃視」
ダンスホールで、浜田百合子と踊っている原保美を、階上から木匠くみ子が「窃視」する。「負の窃視」。嫉妬している。
東山千栄子に手紙の件で問いただされた原保美がその後、母の村瀬幸子と話しているところを、台所から妹の若山セツ子が「窃視」する。「物語的窃視」「負の窃視」
坂道の路地を歩いてきて近所の主婦と挨拶を交わしている若山セツ子を、通りがかった宇野重吉が「窃視」する。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらいか
自転車に乗って去って行く足の不自由な店員を、宇野重吉が「窃視」する。「物語的窃視」。労働する障害者を「窃視」し、不良の宇野重吉がうしろめたさを感じて「更正」へと進む、という演出は、いかにも「社会映画」らしい。
その後、街で働いている者たちを、宇野重吉が「窃視」する。「欲望の窃視」。これもまた、「社会的な窃視」である。
酔ってアパートに帰ってきて、台所で水を飲んでいる原保美の姿を、宇野重吉が「窃視」する。「負の窃視」。宇野重吉はこの時点で、原保美のあくどいやり方に嫌悪感を抱いている。
路地を歩いている原保美と木匠くみ子の姿を、本屋で本を読んでいるフリをしながら、宇野重吉が「窃視」する。「物語的窃視」「負の窃視」
大学からの帰り道の原保美を待っている久我美子を、通りがかった宇野重吉が「窃視」する。「物語的窃視」

35「白い野獣」(1950)

戦後の社会問題としての売春婦を、売春婦の三浦光子と、厚生施設の寮長の山村聡、そして女医の飯野公子を中心に、中北千枝子とその恋人の岡田英次との関係を絡ませながら撮られた春から秋にかけての出来事を綴った作品である。
寮長の山村聡の部屋に挨拶に入って来た女医の飯野公子を、三浦光子が窓際から「窃視」する。80。「裸の窃視」★
医務室で「梅毒の予防薬は何を使っているの?」と聞く飯野公子の姿を、三浦光子がチラリと「窃視」する。75。「物語的窃視」
ダンスパーティの会場にやって来た飯野公子を、三浦光子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
怪我をした三浦光子の手に包帯を巻いている飯野公子の顔を、三浦光子がまじまじと「窃視」する。90。「裸の窃視」★
精神病院へ運ばれる谷林初栄光を見送る山村聡の横顔を、飯野公子がチラリと「窃視」する。75。「裸の窃視」★
ピクニックをしている山村聡、飯野公子、木匠久美子を、三浦光子が木陰から「窃視」する。70。「負の窃視」。嫉妬が露呈している。
回想シーンで、岡田英次のアパートで一夜を明かした中北千枝子が朝、窓枠に座っている岡田英次を幾度か「窃視」する。80。「物語的窃視」
埃よけの頭巾をかぶった三浦光子が掃除のあと、廊下を歩いてゆく女たちをチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」
事務室で話している飯野公子と山村聡の二人を、三浦光子が階段から「窃視」する。85。「負の窃視」。嫉妬している
その後「母も(山村聡に)お目にかかりたいと申しておりますし、」と話す飯野公子を、山村聡が「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい。見られていることを知った飯野公子はにっこりと微笑んでいる。
その直後、山村聡からプレゼントされたハンドバッグが盗まれた件について話そうとしている飯野公子が、横にいる山村聡の横顔をチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★
バレーボールをしている中北千枝子を、岡田英次が「窃視」する。100。「裸の窃視」★。主観ショットあり。
その直後、今度は中北千枝子が、帰って行く岡田英次の後ろ姿を「窃視」する。100。「裸の窃視」★。主観あり。
階段から落ちてベッドで眠っている三浦光子を、飯野公子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。「病状」という物語が露呈している。
ストシーンで、飯野公子と山村聡の二人が、朝日に向って立っている三浦光子のシルエットを、ロングショットで「窃視」する。85。「裸の窃視」★

36「薔薇合戦」(1950)

「限りなき舗道」(1934)以来、久々に松竹で撮ったこの「薔薇合戦」は、自由恋愛の思想が強く打ち立てられており、これまた「社会性」が前面に押し出された作品である。会社社長の三宅邦子と社員の若山セツ子、桂木洋子の三姉妹を軸として、社員の鶴田浩二、若山セツ子の夫となる永田光男、桂木洋子の恋人の大阪志郎などが絡んでくる。
寝室での姉夫婦の会話(三宅邦子と病床の小林立美)を、妹の桂木洋子が廊下から「窃視」する。60。「物語的窃視」
社長室に入って来て社長の三宅邦子と話している鶴田浩二を、居合わせた若山セツ子がチラリと「窃視」する。65。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらい
夜、阿部徹の車で送られて帰って来た若山セツ子を、姉の三宅邦子が「窃視」する。80。「物語的窃視」「負の窃視」
試写室にやって来た若山セツ子と鶴田浩二を、後部の座席から会社の同僚、若杉曜子が「窃視」する。75。「物語的窃視」
結婚後、酔って帰って来た夫の永田光男が「僕とじゃ気分が優れないんだろ!」と怒りながら水を飲んでいる姿を、妻の若山セツ子が「窃視」する。85。「負の窃視」。まじまじと見つめている
鶴田浩二の部屋で、ベッドで泣いている桂木洋子を、鶴田浩二が「窃視」する。80。「物語的窃視」

37「銀座化粧」(1951)

銀座のバーに勤める子持ちの女給(田中絹代)と、彼女が妹のように可愛がっている同僚の娘(香川京子)を中心に、男たちのあいだを生き抜く銀座の女給たちの戦後の風俗の、とある冬から春にかけてを描いたこの「銀座化粧」は、成瀬自身が岸松雄の脚本に手を加え、林芙美子の「堕落した女」を借用したとされる作品である。
バーで同僚の女給に飲みに誘われている香川京子の後ろ姿を、田中絹代が「窃視」する。80。「物語的窃視」
バーを追い払われて店の外の階段を上がってゆく売り子の子供たちの後ろ姿を、田中絹代が「窃視」する。80。「欲望の窃視」。家に置いてきた自分の息子のことをイメージしている。
親友の花井蘭子の家で、いちゃつく花井蘭子と小杉義男を田中絹代が「窃視」する。75。「物語的窃視」
食堂に子供を預けて客引きに行く売春婦の様子を、バーのマダム津路清子と田中絹代が、離れたテーブルから「窃視」する。80。「負の窃視」
やって来た東野英次郎を、電話ボックスの中から田中絹代が「窃視」する。75。「物語的窃視」
公園で、子供連れの夫婦の後ろ姿を、田中絹代と堀雄二が「窃視」する。70。「欲望の窃視」。ロングショットでやや弱い
その直後の公園の散歩道、転んだ子供を助け起こす堀雄二を、田中絹代が「窃視」する。80。「裸の窃視」★。田中絹代は堀雄二に好感を持ち始めている。
田中絹代が出て行ったあと、旅館の部屋の中に入って来てうつむき加減にしている香川京子を、堀雄二が「窃視」する。80。「裸の窃視」★。見られていたことを知った香川京子は恥かしそうに目を伏せる
窓際に立ち煙草を吸っている田中絹代を、泣いた香川京子が「窃視」する。70。「裸の窃視」★。ほんのチラリと香川京子が田中絹代を見つめている。

38「舞姫」(1951)

川端康成の原作を新藤兼人が脚色した、春から夏にかけての映画であるこの「舞姫」は、ある裕福なバレリーナ(高峰三枝子)と、その家の書生をしていた男(山村聡)との結婚が、戦争によって頽廃し、子供たち(岡田茉莉子、片山明彦)を巻き込んで家族全体が引き裂かれる有様を撮った作品であり、女の貞操帯であるとか戦争の傷跡であるとかの「社会性」をしたためた作品でもあり、高峰三枝子の成瀬映画初出演、そして岡田茉莉子の映画デビュー作でもある。高峰三枝子の浮気相手が二本柳寛、岡田茉莉子のバレエ仲間が木村功である。
映画開始直後、帝劇の客席でバレエを見ている二本柳寛を、隣に座っている高峰三枝子が「窃視」する。75。「物語的窃視」か「負の窃視」。高峰三枝子は、二本柳寛との浮気が夫(山村聡)に知れることを恐れており、従ってここでの「窃視」には「負の意味」が多分に込められている。
沢村貞子の料亭で、出版社の男に、原稿料は家でなく大学のほうへ送ってくれ、と頼んでいる山村聡を、息子の片山明彦が、庭から「窃視」する。80。「物語的窃視」。父への疑念が湧く。
東京の舞踏研究所で、弟子の大谷伶子が恋人からの電話を受けたところを、高峰三枝子が「窃視」する。被写体なし。85。「物語的窃視」
大学の構内で歩いている山村聡を、息子の片山明彦とその友人の近藤宏が二人で「窃視」する。80。「物語的窃視」
バレエ教室で、外を見つめている二本柳寛を、高峰三枝子がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★。見たあと知られないようにすぐ目を逸らしている。
海岸を歩きながら、弟子の大谷伶子の横顔を、高峰三枝子が「窃視」する。75。「裸の窃視」★
ニジンスキーの話題のあと、新聞を読んでいる山村聡を高峰三枝子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。ニジンスキーの発狂の悲劇が話題となっている。
喫茶店で、煙草に火をつけようとかがみ込んでいる見明凡太郎を、向かいに座っている高峰三枝子が「窃視」する。60。「物語的窃視」。見明凡太郎は唾棄すべき男だが、まるで彼を「裸の窃視」したと取られてしまっても仕方のないショットでもある。
帝国劇場で、客席の大川平八郎を、同じく客席にいる見明凡太郎が「窃視」する。90。「物語的窃視」
夜の鎌倉の海岸で、去って行く二本柳寛の後ろ姿を、高峰三枝子が「窃視」する。70。「裸の窃視」★。高峰三枝子は去って行く二本柳寛の後ろ姿をそのまま見つめており「空間の断絶」は存在しないが、しかしずっと長いあいだ見つめていることから「時間の断絶」を僅かながら感じられる。
海岸の散歩から帰ってきた山村聡を、高峰三枝子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
瀕死で眠っている大川平八郎の寝顔を、岡田茉莉子が「窃視」する。90。「負の窃視」。「病状」という物語が露呈している。
大川平八郎の臨終後、その顔を岡田茉莉子が「窃視」する。しかしすぐ泣き崩れて席を立ってしまう。50。「窃視」ではない
その直後、席を立って隣室で泣き崩れている岡田茉莉子の後ろ姿を、木村功が「窃視」する。85。「裸の窃視」★
劇場で踊っている岡田茉莉子の晴れ姿を、母の高峰三枝子が舞台の袖から「窃視」する。85。「裸の窃視」★
ラストシーン、家の中を歩いている山村聡を、庭の中に入ってきた高峰三枝子が「窃視」する。90。「裸の窃視」★

39「めし」(1951)
会社から帰って来て路地を歩いている上原謙を、姪の島崎雪子が二階の出窓から「窃視」する。80。「物語的窃視」。段差による「窃視」。しかし島崎雪子は隠れて見ているわけではない。
二階で眠っている島崎雪子の寝姿を発見した上原謙は、わざわざ窓枠に移動し、寝ている島崎雪子の寝姿を露骨に「窃視」している。100。「裸の窃視」★。艶かしい寝姿の主観ショットで撮られており、「窃視」として強調されている。
夜、酔って帰って来て眠っている上原謙の背広のポケットから出ているお札を見たあと(主観)、そのまま眠っている上原謙を、原節子が「窃視」する。70。「物語的窃視」
翌朝、茶の間の上原謙を、土間から原節子がチラリと「窃視」し、昨夜のお金のことを聞く。70。「物語的窃視」あるいは「負の窃視」。お金の話題が絡んでいる
夜、帰りの遅い島崎雪子を探しに家を出る上原謙の後ろ姿を、押入れから蒲団を出しながら原節子が「窃視」している。90。「負の窃視」。主観ショットを交えて「窃視」と分かるように演出している。この時点で原節子は、夫の上原謙とその姪である島崎雪子の仲を疑っているので「負の窃視」となる。
二人で仲良く帰宅する上原謙と島崎雪子の姿を、家の前で原節子が「窃視」し、怒って家の中へ入ってしまう。80。「負の窃視」。主観なし、
廊下で話している島崎雪子と大泉晃を、同窓会から帰って来た原節子が振り向きざまチラリと「窃視」する。70。「負の窃視」。遊びほうけている島崎雪子への否定的意味が込められている。
東京の実家へ帰ることが決まったあと、土間で米を研いでいる原節子の横顔を、茶の間から上原謙が、チラリと「窃視」する。40。怒っている原節子はしらばっくれおり、「無防備な身体」と化してはいないので「窃視」とはならない。
原節子が東京の実家へ帰った時に、実家の洋品店で働く杉葉子から小林桂樹、そして杉村春子を原節子が見た目のショットで路地から順に「窃視」する。90。「裸の窃視」。特に最後の杉村春子の姿をまじまじと見つめている原節子の顔は、これが「裸の窃視」であると露呈させている。
職業安定所に集まる人々を、原節子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
街角で子供の手を引いた中北千枝子と会った後、夫婦もののチン問屋の姿を原節子と中北千枝子が「窃視」する。90。「欲望の窃視」。主観ショット。
大阪の家で、家の中に上がりこんで話している音羽久米子を、上原謙がネクタイを締めながら「窃視」する。80。「負の窃視」。主観ショットなし。
川べりを歩いているカップルの姿を原節子が「窃視」する。70。「欲望の窃視」。ロングショットで主観なし
夫に先立たれ、子供を抱えて新聞売りをしている中北千枝子の姿を原節子が「窃視」する。100。「負の窃視」。主観あり。戦争未亡人の中北千枝子の姿に、女ひとりで生きて行くことの困難という「負の意味」が込められている。
東京で原節子が上原謙と再会したあと、祭りの神輿を二人で「窃視」する。60。「物語的窃視」。
その直後、神輿を見つめている(集中)上原謙の横顔を、原節子がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★
その後食堂に入り、まず原節子がビールを飲んで「苦い」といった後、ビールを飲んでいる(集中)上原謙の姿を、原節子が「窃視」する。95。「裸の窃視」★
その後、「僕だって君が苦労しているのは判ってるんだけど、、」とビールを見つめて呟いている上原謙を、窓際に立っている原節子が「窃視」する。100。「裸の窃視」★
汽車の隣の席で眠る上原謙の寝顔を原節子が二、三度「窃視」する。120。「裸の窃視」★。主観

40「お國と五平」(1952)

山村聡に夫を闇討ちにされた武家の妻、木暮実千代が家来の大谷友右衛門を伴い、夫の敵討ちの旅に出かける道行の物語であり、成瀬最後の時代劇でもある。
路地を歩く中睦まじい親子三人連れを、旅館の二階から木暮実千代が「窃視」する。100。「欲望の窃視」
回想後、傘をさして路地を歩いてゆく女の姿を、旅館の二階から木暮実千代が「窃視」する。80。「物語的窃視」
翌朝、旅館で結婚式を挙げたあと出てゆく旅役者の小倉繁夫婦を、旅館の二階から木暮実千代が「窃視」する。90。「欲望の窃視」
その直後、旅役者を「窃視」している木暮実千代の横顔を、うしろに立っている家来の大谷友右衛門がチラリと「窃視」する。40。しかし木暮実千代の「集中」の度合いが弱く「窃視」としては弱い。
人形浄瑠璃を見ている木暮実千代を、背後から大谷友右衛門が「窃視」する。40。木暮実千代は後ろを気にしているので「見られている事を知らない者」とはなっていない。従って「窃視」ではない。
二間続きの部屋の奥で、鏡をしまっている木暮実千代がふと視線を上げると、隣の間から自分を見つめていた大谷友右衛門と目が合い、慌てて大谷友右衛門が目を逸らす。80。「裸の窃視」★。実に繊細な演出で撮られている。
街道の木の下で休んでいる侍を、仇の山村聡ではないかと木暮実千代が「窃視」する。80。「物語的窃視」。人違い。
山林を登り、木暮実千代の痛めた右足の甲に大谷友右衛門が触れた瞬間、木暮実千代がチラリと大谷友右衛門を「窃視」する。85。「裸の窃視」★。大谷友右衛門と目が合う前に慌てて木暮実千代は目を逸らす。これも非常に細かい演出である。
二件目の旅館に入り、だるくなった木暮実千代が薬をのんだあと、下げていた視線を少しずつ上げてゆくと、うちわを扇ぎながら自分を見つめていた大谷友右衛門と目が合い、大谷友右衛門が慌てて目を逸らす。80。「裸の窃視」★。これもまた微妙な演出である。
二件目の旅館で、尺八の音に誘われて二階に顔を出した木暮実千代が、祭りに行く路地の人々を、「窃視」する。80。「欲望の窃視」
熱を出し、蚊帳の中で眠っている木暮実千代の寝顔を、蚊帳の中に入った大谷友右衛門が「窃視」する。100。「裸の窃視」★。見た目のショットであり、決定的である。「病状」という「物語」を超えて、顔そのものをまじまじと見つめてしまっている
その後、眠っている木暮実千代を、うちわを扇ぎながら大谷友右衛門か「窃視」する(この時点で蚊帳は取り払われている)80。「裸の窃視」★。すぐあとに女中(音羽久米子)が入って来て大谷友右衛門が「静かに、、」とたしなめる
晴れ渡った路地で荷車を押している子供の姿を、旅館の二階から木暮実千代が「窃視」する。90。「物語的窃視」。これは大谷友右衛門との情事のあとの、晴れ晴れとした「窃視」であり、それまでの鬱蒼とした「欲望の窃視」とは違い、「裸の窃視」に近いものである。
農道で、馬に乗って行く花嫁を見つめている大谷友右衛門を、木暮実千代が「窃視」する。100。「裸の窃視」★。見られていることを知った大谷友右衛門は慌てて目をそらす。
木陰で、木暮実千代の足袋を直している大谷友右衛門を、木暮実千代がチラリと「窃視」する。100。「裸の窃視」★。見ていたことを知られてしまった木暮実千代が慌てて目をそらし、大谷友右衛門もバツが悪そうに目を逸らす
敵討ちをしたあと、呆然と伐木の上に座っている大谷友右衛門を、縦の構図で奥の木暮実千代が「窃視」する。85。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい。
死んだはずの山村聡の尺八の音に怯えて逃げて行く大谷友右衛門を、木暮実千代が「窃視」する。80。「負の窃視」

41「おかあさん」(1952)

東京の東部を舞台に、戦災で焼け出された家族が助け合いながら生きてゆくところの、とある春から夏、そして秋を経て、次の年の春までの生活を撮った物語である。母・田中絹代、父・三島雅夫、長男・片山明彦、長女・香川京子、次女・榎並啓子、田中絹代の妹・中北千枝子、香川京子の恋人・岡田英次、家の職人・加東大介。

朝、眠っている片山明彦を、母の田中絹代が「窃視」する。80。「物語的窃視」
その直後、縁側で雑巾がけをしている妹、榎並啓子を片山明彦が「窃視」する。80。「裸の窃視」★。まじまじと見つめている。
露天商で今川焼きを売っている香川京子が、洋裁学校に通っている友人たちが立ち去った後の後ろ姿を「窃視」する。(被写体のショットは不在)80。「欲望の窃視」。自分も洋裁学校へ行きたいという香川京子の欲望が露呈している。
ちゃぶ台で、音を出していり豆を食べている父、三島雅夫を、香川京子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
榎並啓子に夏みかんを買って来るようにと言っている田中絹代を、仕事場から三島雅夫が「窃視」する。80。「物語的窃視」。夏みかんは片山明彦の好物である
静養所から帰って来て奥の間で寝ている片山明彦を、田中絹代が「窃視」する。85。「裸の窃視」★。「病状」という物語も含まれているが、それを超えてまじまじと見つめている。
病気で寝ている三島雅夫を田中絹代が「窃視」する。85。「裸の窃視」★。「病状」という物語も含まれているが、それを超えてまじまじと見つめている。
眠っている三島雅夫を、やって来た中北千枝子が「窃視」する。70。「物語的窃視」
中北千枝子に髪を切られて泣いている娘を、田中絹代が「うちには父さんも母さんもいる」となぐさめたあと、眠っている夫の三島雅夫を「窃視」する。80。「物語的窃視」
祭りで「オーソレミオ」を歌う岡田英次の姿を、舞台の袖から香川京子が「窃視」する。90。「裸の窃視」★
三島雅夫に入院を勧めている田中絹代を、香川京子が隣の間から「窃視」する。80。「物語的窃視」
ピクニックで、母、田中絹代と、職人として出入りしている加東大介との仲が怪しいと岡田英次から指摘された香川京子が、帰宅後、上り框に座りながら、いり豆を食べ焼酎を飲んでいる加東大介の姿を、土間から振り向き様に「窃視」する。100。「物語的窃視」「負の窃視」
映画館で眠っている子供たちを、香川京子と中北千枝子が「窃視」する。75。「裸の窃視」★
店の中で談笑する田中絹代と加東大介の姿を、配達から帰って来た香川京子が自転車に乗りながら苦々しく「窃視」する。95。「物語的窃視」「負の窃視」
マフラーの客に文句を言われている母、田中絹代を、土間の陰から香川京子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
香川京子と話しながら、質屋へ入れるための着物を洋服箪笥から出している田中絹代を、チャコが「窃視」する。80。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらいか
「おかあちゃん」と寝言をいっている伊藤隆を、田中絹代が「窃視」する。80。「物語的窃視」に近い
ピクニックの朝、沢村貞子からもらったリボンつけて鏡を見ているチャコ(榎並啓子)を田中絹代が「窃視」する。100。「裸の窃視」★
養子に行く日、一度路地へ出てから走って戻り、奥の間の田中絹代の似顔絵を持ってゆくチャコ(榎並啓子)の姿を、田中絹代と香川京子が「窃視」する。100。「裸の窃視」★。
その直後、香川京子はすぐ視線を隣の田中絹代へと移し、チャコ(榎並啓子)を見つめている田中絹代を「窃視」する。90。「裸の窃視」★
21養子先で、嬉しそうに歓談する養親たちを、勉強机から振り向いたチャコ(榎並啓子)が「窃視」する。85。「裸の窃視」★
22店をやめて出て行く加東大介と路地で出くわした香川京子が、去って行く加東大介の後ろ姿を「窃視」する。100。「裸の窃視」★
23奥の間で伊藤隆と相撲を取っている母、田中絹代の姿を、上り框に座っている香川京子が、タオルで足を拭きながら遠巻きに「窃視」する。100。「裸の窃視」★

42「稲妻」(1952)

成瀬が大映で初めて撮った作品であるこの「稲妻」は、すべて父親の違う兄弟姉妹に囲まれた高峰秀子が、暑苦しい家から自立をして、世田谷の下宿へ引っ越すまでの出来事を描いたこの作品であり、●「めし」(1951)に続いて林芙美子の原作である。

バスガイドの高峰秀子が、バスの中の老夫婦を「窃視」する。80。「物語的窃視」
その直後、街で義兄(三浦光子の夫)が愛人の中北千枝子と逢引しているところを、バスの中から高峰秀子が「窃視」する。90。「物語的窃視」。目撃型の典型。
その後、母、浦辺粂子の実家に寄った高峰秀子が、「これ、お前の父さんにもらったんだよ」とルビーの指輪を見つめている浦辺粂子をチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★
その後、姉、三浦光子の経営する洋品店に帰宅した高峰秀子が、茶の間に上って振り向き様に、上框に座って夫の帰りを待っている三浦光子の姿を「窃視」する。80。「物語的窃視」
洋品店で、あがり框に座りながら酒を煽っている兄、植村謙二郎の姿を高峰秀子が「窃視」する。75。「負の窃視」
小沢栄太郎との初対面のとき、暑苦しそうに汗をぬぐう小沢栄の姿を、高峰秀子が襖の陰に隠れながら「窃視」する。(汗を拭ったあと小沢栄が高峰秀子を見る→高峰秀子の冷徹に見ているショッへと続くので、後発的に「窃視」だと分かる。90.「負の窃視」
三浦光子の夫の葬式のあと、洋品店にやって来て上り框に座っている植村謙二郎と、彼に茶を出す三浦光子を、高峰秀子がオフオフの視線で「窃視」する。80。「負の窃視」。背後に赤ん坊をおぶった中北千枝子がチラついている
その中北千枝子が、店内をチラチラと「窃視」している。70。「物語的窃視」。ロングショット
引越し蕎麦を二階にいる下宿人の杉丘毬子に持っていこうとしている高峰秀子を、姉の村田知栄子が「窃視」する。85。「負の窃視」。余計なことをしないでいい、という意地の悪そうな眼差しである。
渋谷の旅館の廊下で、酔いつぶれて大声を出している植村謙二郎を、三浦光子が「窃視」する。60。「負の窃視」
アパートの物干しで、下着姿で洗濯物を乾している中北千枝子が、橋の上を歩いてやって来る高峰秀子と三浦光子の姉妹をロングショットで「窃視」する。85。「物語的窃視」
中北千枝子の下宿で、中北が亡き夫とのあいだに産んだ赤ん坊を、三浦光子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。夫に似ているという「物語」として撮られている
家で、差し向かいでビールを飲んでいる植村謙二郎と丸山修を、台所から高峰秀子が「窃視」する。80。「負の窃視」。グロテスクな兄弟たち。
その後、やって来て玄関で家の者たちと話している小沢栄太郎を、家の中の高峰秀子が「窃視」する。80。「負の窃視」
下宿を探して帰って来た高峰秀子が、仏壇で拝んでいる母の浦辺粂子を「窃視」する。75。「裸の窃視」★
高峰秀子が、路地で再会した根上淳と別れたあと、自分は門の中に入ろうとして、ふと、去って行く根上淳の背中を「窃視」する。95。「裸の窃視」★。高峰秀子が一度門の中へ入りかける事で、時間空間の「断絶」が生じている
高峰秀子が、世田谷の二階の下宿の窓から、隣の家の庭で洗濯物を干している根上淳の姿を「窃視」する。100。「裸の窃視」★。見ていたことを知られた高峰秀子は恥かしそうに目を逸らす

43「夫婦」(1953)

脚本の井出俊郎と水木洋子のオリジナルシナリオにもとづいて、クリスマスから正月までの短期間を扱ったこの「夫婦」は、結婚六年目の倦怠期の夫婦の日常生活を描いた「夫婦もの」である。転勤で家捜しに奔走する上原謙と杉葉子の夫婦を中心に、杉葉子の父、藤原釜足、母、滝花久子、兄、小林桂樹、妹、岡田茉莉子、そして上原謙の会社の同僚で、下宿の大家となるのが三國連太郎である。

デパートから実家のうなぎ屋に帰ってきた杉葉子が店先で、父母(藤原釜足と滝花久子)と兄(小林桂樹)、そして兄の結婚の結納の打ち合わせにやって来ていた鳥羽陽之助の姿をそれぞれ「窃視」する。80。「物語的窃視」
その後、岡田茉莉子の結婚について食卓でしゃべっている家族たちを、杉葉子が土間から「窃視」する。75。「物語的窃視」
岡田茉莉子と小林桂樹が、店の前の路地で道に迷っている上原謙を「窃視」する。80。「物語的窃視」
実家の結納で、嫁の父親、中村是好に震える手でお酌をしている兄、小林桂樹の姿を、杉葉子と岡田茉莉子の姉妹が台所から「窃視」して笑う。75。「物語的窃視」
引越しの日、夫に呼ばれて二階から階段を下りてゆく杉葉子を、三國連太郎が「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい。何とも微妙な演出である。装置の「ずれ」によって空間的「断絶」を生じている。
家で鍋を囲みながら「僕は燃えるような恋をしてみたい」と上原謙に向って熱く語っている三國連太郎を、彼に密かに思いを寄せている田代百合子(会社の同僚)が「窃視」する。85。「裸の窃視」★
三國連太郎から帯を取り返した上原謙が、階段を上がって行く三國連太郎の後ろ姿を「窃視」する。80。「負の窃視」
クリスマスの露天でショールを見ている杉葉子を、三國連太郎が「窃視」する。75。「物語的窃視」
三國連太郎が、オフィス街を二人で歩いている上原謙と木匠マユリ(上原の同僚の女子社員)の背中を「窃視」する。90。「物語的窃視」
出張の朝、上原謙を見送って家の中に入って来た杉葉子を、縁側にいた三國連太郎が振り向き様、成瀬目線で「窃視」する。70。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい。杉葉子は気づいている風でもある。
上原謙が出張の帰り、家の前の路地から二階を見上げ、障子に映っている、ダンスをしている男と女の影を「窃視」する。90。「物語的窃視」。こうした「影」の「窃視」は「歌行燈」(1943)の③以来である。
大晦日、「私もよく考えてみます」と意味深長な言葉を吐いて実家へと帰っていった杉葉子の後ろ姿を、上原謙がまじまじと「窃視」する。80。「負の窃視」。妻が家出をした、というマイナスの物語が露呈している。
大晦日、実家に帰った杉葉子が、美容院から帰って来て鏡台に向っている岡田茉莉子をチラリと「窃視」する。80。「欲望の窃視」。パーマのひとつかけられなす杉葉子に、着飾って帰って来た岡田茉莉子に対する欲望が露呈している。
その後、話している杉葉子と母の滝花久子の二人を、上がり框に座ってお茶を飲んでいる藤原釜足が「窃視」する。80。「物語的窃視」
杉葉子・上原謙の夫婦が引っ越した直後、家にやって来た田代百合子を、三國連太郎が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
新しく引っ越してきた下宿の階段を上がってくる隣室のお花の先生を、杉葉子が「窃視」する。75。「物語的窃視」
上原謙が公園で、滑り台とブランコで遊んでいる見知らぬ子供たちを「窃視」する。80。「物語的窃視」

44「妻」(1953)

「めし」(1951)「夫婦」(1953)に続いて夫婦ものの第三弾であり、結婚十年目の夫婦を描いた「倦怠期もの」である。妻、高峰三枝子、夫、上原謙、同居人、三國連太郎、中北千枝子、伊豆肇、妻の妹、新珠三千代、義姉、坪内美子、夫の愛人、丹阿弥谷津子、妻の親友、高杉早苗といった感じである。

朝、家を出てゆく上原謙を、廊下の陰から高峰三枝子が「窃視」する。70。「物語的窃視」。倦怠期の夫婦であり、上原謙が高峰三枝子の存在を知っていて無視している、ともとれるので、⑰と同じように微妙な演出である。
三國連太郎の回想のシーンで、バーで働く中北千枝子を、三國連太郎が「窃視」する。85。「物語的窃視」
会社で、美味しそうな弁当を開ける丹阿弥谷津子を、隣のデスクの上原謙が「窃視」する。85。「欲望の窃視」
「今、ご飯差し上げましょうと夫と話していたんですよ!」と伊豆肇におべっかを使う高峰三枝子を、上原謙が上目遣いにチラリと「窃視」する。85。「負の窃視」。上原謙は物凄い嫌悪に満ちた顔で「窃視」している。
美術館で、丹阿弥谷津子の息子の絵に見入っている上原謙を、横にいる丹阿弥谷津子がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」。★。横並びのフルショットで「集中」の強度も微妙だが、次の後ろから切り返されたショットで丹阿弥谷津子は気恥ずかしそうに目を逸らしており、趣旨としては「裸の窃視」として撮られているようだ。
美術館から二人で出て来た上原謙と丹阿弥谷津子の姿を、三國連太郎が「窃視」する。90。「物語的窃視」
家でラジオのボリュームをいじっている上原謙を、座って仕事をしている高峰三枝子が見上げながらチラリと「窃視」する。70。「負の窃視」。上原謙の「集中」の度合いがちょっと弱いようにも見えるが。
会社で、大阪へ帰った丹阿弥谷津子の後任に配属された女性社員を、隣のデスクから上原謙が「窃視」する。80。「物語的窃視」
大阪から来た丹阿弥谷津子の絵葉書を奥の間で読んでいる上原謙を、土間へ向う高峰三枝子が振り向き様チラリと「窃視」する。85。「物語的窃視」ないし「負の窃視」
大阪行きの出張の汽車の中で、上原謙と上司の清水将夫が、ダンサーとも芸者ともつかない若い着物姿の見知らぬ女(塩沢とき。当時本名の塩沢登代路)を「窃視」する。90。「物語的窃視」
大阪の旅館で子供を寝かせたあと、丹阿弥谷津子が物思いに耽っている上原謙を「窃視」する。80。「裸の窃視」★。フルショット内の「窃視」
翌朝、一夜を共にした丹阿弥谷津子が、鏡台へ向いながら、縁側で息子と遊んでいる上原謙の姿をチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらいか
やって来た高杉早苗が上原謙にヒラメを見せているのを、それまで狸寝入りしていた高峰三枝子が蒲団の中から身を起こし「窃視」する。80。「物語的窃視」
その後高杉早苗と上原謙が、台所で自分の悪口を言っているのを、狸寝入りしていた高峰三枝子が蒲団の中から身を起こし「窃視」する。80。「負の窃視」
その直後、奥の間で喧嘩をしている高峰三枝子と高杉早苗を、土間から上原謙が「窃視」する。40。場所的に見えてはおらず、これは「盗聴」の部類に入る
横並びに歩いている丹阿弥谷津子の横顔を、高峰三枝子がチラリと「窃視」する。70。「負の窃視」
酔って帰って来た上原謙を、高峰三枝子が「窃視」する。40。上原謙は、愛人の丹阿弥谷津子の家に乗り込んだ高峰三枝子を怒ってしらばっくれているのであり、酔っていたとしても「集中」する状態には至っていない。
玄関から家を出て行く上原謙を、廊下の陰から高峰三枝子が「窃視」する。70。「物語的窃視」ないし「負の窃視」。これもまた①と同様、微妙ではある。

45「あにいもうと」(1953)

「稲妻」(1952)に続いて大映へと出向して撮られた作品である。未だ因習に支配された東京近郊、多摩川べりの或る村において、石職人のあに(森雅之)と、東京で水商売をして行きずりの男(船越英二)の子を身ごもって帰って来た未婚のいもうと(京マチ子)との関係を、次女(久我美子)、そして母(浦辺粂子)と父(山本礼三郎)を絡めながら、夏から春、そしてまた次の夏にかけて撮られている。

一度目の帰郷時、製麺店の裏庭で麺を乾している堀雄二の背中を、久我美子が「窃視」する。90。「裸の窃視」★
その後、実家へ向う農道を歩いている久我美子を、籠を背負った村の女たちが「窃視」する。75。「物語的窃視」か「負の窃視」。ロングショット。ふしだらな姉の妹である、という負の意味が込められている。
露天の氷屋から、ネタを仕入れに乳母車を押して出て行く母の浦辺粂子を、久我美子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★。去って行く浦辺粂子の後ろ姿を見つめている久我美子は、一度自分の腕時計に目を落としてから再び浦辺粂子を見つめている。そこには時間の「断絶」が生じており、前回検討したようにこれは「窃視」となる。
二度目の帰郷時()、路地で、知らない娘との結納を終え、挨拶をしている堀雄二の姿を久我美子が「窃視」する。95。「物語的窃視」ないしは「負の窃視」。主観ショットあり。堀雄二は久我美子の恋人であり、裏切り行為に久我美子は失望している。
同じく二度目の帰郷の時、来訪し、縁側に座っている船越英二の姿を、土間から久我美子が「窃視」する。85。「物語的窃視」。船越英二は京マチ子を身籠らせた本人である。
その後、帰宅して上り框に座った山本礼三郎の姿を。船越英二がチラリと「窃視」する。75。「物語的窃視」
山本礼三郎と船越英二との会話を、土間の陰から森雅之が身を乗り出して「窃視」する。70。「物語的窃視」。場所的に森雅之の位置から二人が見えるかどうか今ひとつ判明しない。見えなければこれは「盗聴」となる。
久我美子と駆け落ちの約束をし、おでん屋から土手を走ってゆく堀雄二の姿を、浦辺粂子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
その後、堀雄二を追って、おでん屋を出て行く久我美子の後ろ姿を、浦辺粂子が成瀬目線で「窃視」する。75。「物語的窃視」。主観ショットなし。成瀬目線によって、場所的な「断絶」が生じていると言える。
その後、バスの中でまんじゅうを食っている船越英二の姿を、乗り合わせた久我美子が「窃視」する。90。「物語的窃視」。主観ショット
その直後、今度は船越英二が、バスの中の久我美子と堀雄二を「窃視」する。80。「物語的窃視」
さらにその直後、もう一度久我美子が、船越英二を「窃視」する。80。「物語的窃視」
二度目の夏、バスを降りてタバコ屋でタバコを買っている京マチ子の後ろ姿を、本間文子が「窃視」する。90。「負の窃視」。アバズレが帰って来た、という負の意味。
その後、露天の畳の上で寝ている山本礼三郎の姿を、京マチ子が「窃視」する。40。「物語的窃視」。山本礼三郎は、狸寝入りで見られていることを知っているので「窃視」ではない。
逆にその直後、狸寝入りをしていた山本礼三郎が薄目を開けて、京マチ子を「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい
農道を歩いている京マチ子と久我美子の二人を、りんご園の中から村の女が身を屈めながら「窃視」する。75。「負の窃視」
おはぎを作っている浦辺粂子の姿を、京マチ子と久我美子の姉妹が二人で「窃視」する。90。「裸の窃視」★
実家の居間で、船越英二がやって来た話を母の浦辺粂子から聞いた京マチ子が「何しに来たの?」と尋ねているところを、二間続きの部屋に座っている久我美子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。縦の構図だが、見ていたことを知られた久我美子が目を逸らしていることからしてこれは「窃視」である。
その後、畳の上で眠ってしまった京マチ子を、久我美子が「窃視」し、『お姉ちゃん、ほんとうに眠ってしまった、、』と呟く。80。「物語的窃視」。このあたりは、京マチ子がふてぶてしくなって帰って来た、という物語が露呈している。
帰って来て畳に座り、京マチ子の悪口を言い始めた兄の森雅之を、煙草を吸っている京マチ子が振り向き様にちらりと「窃視」する。80。「負の窃視」
21その直後、京マチ子がおはぎを食べている姿を、森雅之が「窃視」する。100。「負の窃視」
22さらにもう一度、今度はおはぎの付いた箸を一本一本舐めている京マチ子を、森雅之が「窃視」する。100。「負の窃視」
23灯籠流しをしている堀雄二夫婦を、久我美子が「窃視」する。80。「物語的窃視」ないし「負の窃視」
24その直後、去って行く久我美子の背中を、堀雄二が「窃視」する。75。「物語的窃視」

46「山の音」(1954)

杉葉子のかぶった能面を、山村聡が食い入るように見つめるクローズアップもまた特異である。この二つのシーンにおいて、山村聡が「見よう」としているのは、当然ながら「原節子の顔」なり「姿」なりであることは間違いないだろう。そして同時に原節子は当然ながら「見られている事を知らない」のである。前者は「不在」によって、後者はそもそも原節子ではないのだから、知っている訳がない。この構造が、「窃視」と極めて近いのである。

サザエを持って居間に入って来た原節子を。山村聡が「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい。山村聡が入って来た原節子を見ると、見られていたことを知った原節子は微笑む。なんとも微妙な視線のやりとり。
最初の晩、酔って帰宅し眠ってしまった上原謙を、原節子が「窃視」する。85。「負の窃視」。障子をあけて振り向いてから見つめている。
いびきをかいて眠っている妻、長岡輝子の姿を、山村聡が縁側や寝室から「窃視」する。85。「負の窃視」
家出をし、子供連れで実家に帰って来た中北千枝子が、縁側で「親がだめになると子供までだめになるわ」と言うのを、茶の間で新聞を読んでいる山村聡がチラリと「窃視」する。80。「負の窃視」
日曜日の朝、「お前は子供だ」と上原謙に言われたあと、原節子は傷ついたように素振りで画面の外にいる山村聡に視線を投げかけ、廊下を去って行く。70。「物語的窃視」。なんとも微妙な演出。「物語的窃視」とも「裸の窃視」とも言いうる。
画面は切り替えされて、山村聡は、視線で遅れて原節子をとらえ、去って行く原節子の姿を成瀬目線で追いかける。70。「物語的窃視」。これまた微妙。
「お父さん(山村聡)は私が生まれたとき美人じゃなくてがっかりしたんですってね」と中北千枝子が愚痴をこぼすのを聞いた原節子が、新聞を読んでいる山村聡をチラリと「窃視」する。75。「物語的窃視」。ロングショットでさり気なく。これまた微妙。
その直後、「菊子(原節子)だって苦労はあるさ」といって山村聡が原節子を見つめたあと、タバコの缶をいじっていた原節子が顔を上げ、山村聡に見られていたこと(「窃視」)を知って、さり気なく目を伏せる。80。「物語的窃視」。これまたさり気ない演出であるものの、その「さり気なさ」がはっきりと意図的に演出されている。
その後、原節子に「亭主にだけは優しくないね」と言った上原謙を、座っていた原節子と山村聡が一斉に見上げ、間髪をいれずにその山村聡を原節子がチラリと「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい。原節子は山村聡をチラリと見つめた後すぐ目を逸らし、山村聡が原節子に視線を移した時は既に下を向いている。だから山村聡は見られていたことを知らない。一瞬の出来事だが、明らかに「窃視」として演出されている。まさに「光速の窃視」である。
その後、仕事で家を出て行った上原謙の背中を、玄関から原節子が成瀬目線で「窃視」する。80。「負の窃視」。見つめたあと原節子は悲しそうに目を伏せており「裸の窃視」ではない。
豪雨の晩、原節子が結婚の記念に友人からもらった子守唄のレコードを「もう、擦り切れてますよ」と揶揄する上原謙を、洋服を掛けながら振り向いて原節子がチラリと「窃視」する。85。「負の窃視」。悲しいことを言う夫に原節子はがっかりしている。
暴風雨の晩、蒲団でうつ伏せになって煙草を吸っている上原謙が、台所で洗い物をしている原節子を「窃視」する。30。一見「窃視」だが、二人は場所的に見つめ合える範囲にはない。しかし成瀬はそれを承知でこうした演出をしているように見える。
雨上がりの朝、郵便屋が持ってきた電報を見ている山村聡と長岡輝子を、花を生けに台所へ向っていた原節子が振り向き様に「窃視」する。80。「物語的窃視」。
会社の事務室で、杉葉子のかぶった能面を、山村聡が食い入るように見つめる。もちろんこれは能面ゆえに「窃視」ではないが、この能面には原節子の面影が宿っており、山村聡は、原節子になぞられて能面を見つめている。そして原節子はその瞬間、「見られていること」を知らない。つまり「間接窃視」ともいうべきエロチックな演出であり、仮にこれを「窃視」とするならば、紛れもなく「裸の窃視」★である。
中北千枝子が帰った晩、柿を食べながら、「親の成功は子供の結婚の成否にかかる」と言った山村聡を、こたつの向かいで柿を剥いている原節子が「窃視」する。80。「物語的窃視」か。
早朝、湯殿で鼻血を出している原節子の顔を、山村聡が「窃視」する。95。「裸の窃視」★。原節子のクローズアップのあと、原節子を見つめる山村聡のクローズアップが入るのだが、この山村聡の瞳が、原節子の顔を撫で回すように揺れている。「鼻血」というマクガフィンを使って、この映画で初めての決定的な「裸の窃視」を演出している。
信州から実家に帰って来た中北千枝子が「ゆうべは兄さん(上原謙)の唸り声で眠れなかったわ」と愚痴をこぼすのを「すみません」と謝った原節子が、廊下に立っている山村聡を「窃視」する。85。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい。山村聡は見られていることを知らない。このへんから妖しくなってくる
その後中北千枝子が「だらしのない人間にしたくなければ私をだらしのない男のところになど嫁になどやらないで下さい」と山村聡に怒ったあと、山村聡が原節子を「窃視」する。80。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間。山村聡まず原節子を見る、次に目をそらしていた原節子がチョイと山村聡を見て、見られていたことを知ってさり気なく眼を伏せ、髪に手をやる。益々二人の関係は怪しくなってくる。見られていたことを知った原節子は、通常の「ラブストーリー」の恋人たちのように大いに照れ臭がったり慌てたりはしていない。そこに「聖」なるものが秘められている。
廊下に立っている上原謙と話した食卓の山村聡がそのまま原節子へ視線を移し、原節子もまた視線を移して山村聡をチョイと見てすぐ眼をそらす。40。ここまでくると肉眼ではどうにもならない。おそらく「窃視」ではないと思うが、、、
病院へと向うタクシーの中で、横に座っている原節子を、山村聡がほんの一瞬チラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい。微妙。
21病院の前でタクシーを降りた原節子が、しばらく歩いてから振り向き、山村聡にお辞儀をする。30。原節子は山村聡が自分を見つめていることを知っているので「窃視」ではない。しかし、山村聡が見つめているのを知っている、という関係にはある。
22老人夫婦の心中記事の載った新聞を長岡輝子が読んでいる時、長岡輝子と山村聡の中間に入ってつんのめって放心している原節子の横顔を、山村聡が「窃視」する。100。「裸の窃視」★。原節子の顔に、能面のあの面影を重ねているという感じにまじまじと見つめている。
23上原謙の悪口を言っている中北千枝子を、ミシンをかけながら原節子が見上げて「窃視」する。80。「物語的窃視」
24原節子が子守を長岡輝子と変わった後、奥の縁側を上がって寝室に入ってゆく山村聡の背中を、原節子が「窃視」する。75。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間ほど
25その直後、家の中で原節子と二人きりになった時、書斎の山村聡がふと視線を原節子の部屋へと移す。次に、私室の原節子のショットへと移行する。場所的に障壁があるのでこれもまた⑫と同様に「窃視」ではないが、モンタージュして「窃視」しているような感じで撮られている。
26新宿御苑で、そばを歩いて行く若いカップルを、山村聡が「窃視」する。90。「欲望の窃視」
27その直後、今度は原節子が、そばを歩いている仲睦まじい親子連れを「窃視」する。90。「欲望の窃視」
28その後、後ろを向いて立っている原節子を、ベンチに座った山村聡が「窃視」する。60。「物語的窃視」。原節子は後ろを気にしていて、見られていることを知っているようである。
29新宿御苑のヴィスタに見入っている山村聡の後ろ姿を、原節子が「窃視」する。120。「裸の窃視」★★★成瀬映画史上、最高の「裸の窃視」がこれである。

47「晩菊」(1954)

下町(本郷)を舞台に、満州から引き揚げてきた芸者上りの金貸しの女、杉村春子と、昔の芸者仲間(望月優子と細川ちか子)、そして杉村春子の昔の情夫であった見明凡太郎、杉村春子の憧れの人であった上原謙らの「戦後」を撮った、春から夏にかけての映画である。杉村春子が、初めて成瀬映画の主役を飾った作品でもある。

     掃除夫の望月優子を訪ねた杉村春子の帰り際の後ろ姿を、望月優子が廊下へ出て「窃視」する。90。「負の窃視」。部屋の中から廊下へ出ていることで空間の「断絶」が生じている。
     自宅の前をうろつく見明凡太郎を、杉村春子が路地で「窃視」する。85。「物語的窃視」「負の窃視」。見明凡太郎は昔、杉村春子に無理心中を強要した男である。
     直後、路地を脇へ逸れた石段の上に隠れながら、路地を通り過ぎる見明凡太郎を杉村春子が「窃視」する。90。「物語的窃視」「負の窃視」
     杉村春子がクズ屋を呼びに家を出て行ったあと、部屋の中を物色している望月優子を、帰って来た杉村春子が「窃視」する。80。「負の窃視」。二人は険悪な関係にある。
     酒場で酔いつぶれている望月優子を、やってきて奥のカウンターに座った見明凡太郎が「窃視」する。75。「物語的窃視」
     その後、酒場で酔っている望月優子を、帰って来た女将の沢村貞子が「窃視」して逃げる。70。「物語的窃視」「負の窃視」
     玄関で話している杉村春子と見明凡太郎を、女中が「窃視」する。70。「物語的窃視」。後発的。
     結婚することに母(望月優子)の了解はいらないと細川ちか子に話している有馬稲子を、杉村春子が「窃視」する(細川ちか子の家で)70。「負の窃視」。最近の娘は礼儀を知らない、という負の意味が込められている。
     沢村貞子の飲み屋で、カウンターに座り、「あした北海道へ断つんだ」と答えている小泉博の横顔を、横に座っている坪内美子がチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」「負の窃視」。坪内美子は小泉博の情婦であり、小泉が北海道へ行ってしまうことを良く思っていない。
     襖を閉め、鏡台に向って化粧をしている杉村春子の姿を、襖を開けて上原謙が「窃視」する。80。「物語的窃視」。上原謙は、あくまで無心のためにやって来たのであり、これは「裸の窃視」ではない。
     杉村の家で酒を飲み、酔った上原謙の横顔を杉村春子が「窃視」する。100。「負の窃視」。このあとすぐに杉村春子のナレーションが入って「負の窃視」を補強する。
     その直後、席を立ち、二間続きの隣室で火鉢の火をたばこに付けている杉村春子の姿を、上原謙が成瀬目線から「窃視」する。80。「物語的窃視」。酔った瞳による「窃視」は成瀬映画の中でも珍しい。
     二間続きの隣の部屋で酔っている上原謙を、薬を飲みながら杉村春子が「窃視」する。90。「負の窃視」
     その後、酔って横になってしまった上原謙を、杉村春子が「窃視」する。70。「負の窃視」
     そのあと雨が降り始め、酔ってちゃぶ台に突っ伏している上原謙を、縁側のガラス戸を開けながら杉村春子が「窃視」する。85。「負の窃視」
     駅の待合室のテーブルの上で、何かを転がして遊んでいる小泉博を、向かいに座っている母の細川ちか子が「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい
     その直後、望月優子と細川ちか子が、ほかのテーブルに座っている芸者たちを「窃視」する。90。「負の窃視」。今の芸者たちは下品になって、という負の意味が込められている。
     陸橋で、モンローウォークで尻を振って歩いている見知らぬ女の後ろ姿を、細川ちか子と望月優子が「窃視」する。80。「物語的窃視」ないし「負の窃視」
     ラストシーンで、駅の改札口で、鞄の中の切符を探している杉村春子を、先に改札口を出た加東大介が「窃視」して笑う。90。「裸の窃視」★

48「浮雲」(1955)

林芙美子の同名小説を原作とし、戦時中、仏印で結ばれた農林省の技師、森雅之と、タイピストの高峰秀子が、敗戦によって翻弄されて行く様を描いた作品である。

     仏印から引き揚げてきて森雅之の家を訪ねた高峰秀子が、出て来た森雅之と二人で路地を歩いたあと、着替えのために家に戻っていった森雅之の後ろ姿を「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間。高峰秀子は一度路地の石垣に座ってから再び森雅之の後ろ姿を見つめており、時間の「断絶」が生じている。
     仏印の回想シーンで、執務室に入ってきた高峰秀子を、森雅之がチラリと「窃視」する。75。「物語的窃視」。後発型。1高峰秀子が森雅之に視線を向けるバストショット→2上から下になめるように高峰秀子を見つめてから目を伏せる森雅之3→キャメラは引いて二人をとらえる。女を品定めした、という感じの「窃視」である。
     その後、部屋を出て行く森雅之を、現地の女中が成瀬目線で「窃視」する。75。「物語的窃視」。女中と森雅之とは既に関係がある。
     その直後、その女中を、高峰秀子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。どういう関係なのかしら、といった感じ。
     自宅で荷物を整理している夫、森雅之を、二間続きの隣りの部屋で裁縫をしながら妻の中北千枝子が「窃視」する。80。「物語的窃視」「負の窃視」。妻は夫に疑念を感じている。
     荷物をまとめながら咳をしている妻の中北千枝子を、森雅之が「窃視」する。85。「物語的窃視」「負の窃視」。妻の疑念が煩わしい夫。
     伊香保温泉の最初のシーンで、コタツに入って酒を飲んでいる森雅之を、窓辺に立っている高峰秀子が「窃視」する。80。「負の窃視」。二人には、かつての情熱が失われている。
     加東大介の酒場で、暖簾を分けて奥から出てきた岡田茉莉子を、森雅之が「窃視」する。85。「裸の窃視」★。1岡田茉莉子が暖簾を分けて入って来る2キャメラが切り返され、岡田茉莉子へと振り向く森雅之3加東大介から森雅之へとオフオフで視線を移し、森雅之に見られていたと知って目を逸らす岡田茉莉子4見ていることを知られた森雅之も目を軽く逸らす。電撃的な盗み見による出会いであり、二人の先の関係を見事に暗示させている。
     その直後、奥から酒を持って入って来た岡田茉莉子が、加東大介と森雅之に酒を注ぎながら、チラチラと森雅之を「窃視」する。80。「裸の窃視」★。もう二人はできている、という感じの空気が実に見事に露呈している。
     そのまた直後、奥へ消えて行く岡田茉莉子の後ろ姿を、じっと森雅之が「窃視」する。85。「裸の窃視」★。まじまじと見つめている。二人は、この一連のたった三つの「相互窃視」によって、完全に「いい仲」になっている。これぞ成瀬の真骨頂。
     加東大介の家のコタツに四人が座っているシーンの最初、横に座っている岡田茉莉子の横顔を、森雅之が「窃視」する。40。これは「窃視」ではない。「窃視ではない」という事実が、余計にエロスとして際立っている。もう二人は「相互窃視」によって「いい仲」となっていて、相手の視線を意識し合っているので、この段階では「窃視」は生じないのである。「窃視」と「非窃視」とが見事に使い分けられている。
     翌朝、加東大介の家の階段を下りてきて岡田茉莉子と話している森雅之を、流しで顔を洗っていた高峰秀子が「窃視」する。90。「負の窃視」。高峰秀子が二人の仲に気付く。
     その直後、去って行く岡田茉莉子の後ろ姿を思わず見つめている森雅之を、高峰秀子が「窃視」する。80。「負の窃視」。見られていたことを知った森雅之は慌てて目を逸らす。
     その後、風呂場の脱衣所で、岡田茉莉子によって風呂敷に包まれた自分の衣服を見つめている森雅之を、陰に隠れた高峰秀子が「窃視」する。85。「負の窃視」。完全に森雅之の浮気がバレている。隠れてはいるが、同一の脱衣所の空間内の出来事であり、超越的なポジションに隠れたわけではない。
     堕胎手術の後、産婦人科のベッドに横になる高峰秀子を、隣のベッドの音羽久米子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。
     眼帯をして山形勲の屋敷に無心にやって来た森雅之と路地で別れる時、去って行く森雅之の後ろ姿を、高峰秀子が「窃視」する。100「裸の窃視」★。まず高峰秀子がまじまじと見つめているショットが撮られ、次に歩き去って行く森雅之の背中が「過剰」な時間の長さで撮られ、もう一度、まじまじと見つめている高峰秀子に切り返されている。時間の「断絶」を生じている。
     旅館の向かいの別館で、じゃれつく若いカップルを、高峰秀子が「窃視」する。80。「欲望の窃視」。やや遠距離からの「窃視」であり、対象が「オブジェクト化」に近いものとして為されている。
     同じく旅館の向井の別館で、芸者とじゃれている男性客を、森雅之が「窃視」する。80。「欲望の窃視」。⑰同様、やや遠距離からの「窃視」であり、対象が「オブジェクト化」に近いものとして為されている。
     汽車の中で、森雅之に寄りかかって眠っている高峰秀子を、森雅之が「窃視」する。70。「物語的窃視」。森雅之はすぐ目を逸らしており、「裸の窃視」としては弱い
     その後、汽車の中で、眠っている森雅之を、高峰秀子が「窃視」する。85。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらい
21    鹿児島の旅館で、病気で眠っている高峰秀子を、森雅之が「窃視」する。80。「物語的窃視」。「病状」という物語が露呈している。
22    鹿児島の港で、船を見送る客たちを、森雅之が「窃視」する。80。「欲望の窃視」
23    鹿児島の港を出港する時、見送りに来ている医者の大川平八郎の姿を、船室の窓から高峰秀子が「窃視」する。85。「物語的窃視」。これが「裸の窃視」だとすると、物語からは完全に亀裂する。詳しくは第二部、「禍福」(1937)における検討参照。
24    船室で眠っている高峰秀子を、看病している森雅之が「窃視」する。30。森雅之はすぐ視線を船の丸窓の外に移してしまい「見ること」において弱い
25    屋久島のあばら家で朝、天気の話をしている森雅之と千石規子の二人の姿を、隣の部屋で横になっている高峰秀子が、オフオフの視線で「窃視」する。80。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらい
26    その後、山へ視察に行く森雅之が、外で千石規子と打ち合わせをしている姿を、蒲団の中から高峰秀子がガラス戸越しに「窃視」する。100。「裸の窃視」★。伏せっている高峰秀子は敢えて身を起こし、殊更「見ている」ことが強調されている。さらに主観ショットで撮られており、完璧な「窃視」である。
27    山小屋から帰って来た森雅之が、高峰秀子の死に顔を「窃視」する。80。「物語的窃視」。「死」という物語が露呈している。
28    口紅を塗られた高峰秀子の死に顔をローソクで照らしながら、森雅之が「窃視」し、泣く。100。「裸の窃視」★。もはや死の物語から解き放たれ、「そのもの」としてまじまじと見つめて泣いている。決定的な「裸の窃視」である。

49「女同士(くちづけ第三話)(1955)

「浮雲」(1955)の次の作品として、兎角「息抜き」などと言われがちなこのオムニバス映画は、開業医の夫、上原謙と、妻、高峰秀子の生活を描いた「夫婦もの」の短編であり、高峰秀子が、住み込みの看護婦である中村メイ子の日記に書かれた夫への想いをふと読んでしまったところから始まる夏の映画である。

     玄関で、上原謙の靴を磨いている看護婦の中村メイ子を、妻の高峰秀子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     待合室で本を読んでいる患者、堺左千夫を、高峰秀子が「窃視」する。75。「物語的窃視」。対象なし
     その後、帰宅した上原謙に白衣を着せている中村メイ子を、高峰秀子が「窃視」する。90。「物語的窃視」「負の窃視」。二人の関係への疑念が湧いてくる。
     待合室で眠っている患者、堺左千夫を、上原謙が「窃視」する。85。「物語的窃視」。
     夜、上原謙の診察室へと向った中村メイ子を、廊下の陰から高峰秀子が「窃視」する。90。「物語的窃視」「負の窃視」
     その直後、机に向って考え込んでいる上原謙を。高峰秀子が「窃視」する。85。「物語的窃視」。夫の顔に「浮気」という物語を読みとろうとしている妻の眼差し。
     勝手口で話している中村メイ子と八百屋の小林桂樹の二人を。高峰秀子が隠れて「窃視」する。50。場所的に「盗聴」の可能性が強い
     新しくやって来て上原謙と話している看護婦の八千草薫の後ろ姿を。高峰秀子が「窃視」する。95。「物語的窃視」「負の窃視」。八千草の美しさに、また新たな心配の種が増えたという「物語」が露呈している。

50「驟雨」(1956)

岸田国士の戯曲を寄せ集め、郊外(梅が丘)に住む、結婚四年目の倦怠期の夫婦の、ある年末の日曜日から年明けの日曜日で終わるまでを描いた「驟雨」は、原節子の表情を見ただけで笑えてしまう見事なコメディである。映画は原節子と佐野周二の夫婦を中心に、佐野周二の姪、香川京子、隣の家に引っ越してきた若夫婦の小林桂樹と根岸明美、そして町内会の人々とのやり取りを絡めて進んで行く。

     日曜日の朝、編み物をしながらあくびをしている原節子を、縁側であくびをし終わった佐野周二が「窃視」する。80。「負の窃視」。倦怠期。
     隣の家に引っ越して来て、荷物を運んでいる小林桂樹と根岸明美の夫婦を、路地に出た佐野周二が「窃視」する。85。「物語的窃視」
     やって来た姪の香川京子と一緒に家に入る原節子を、小林桂樹が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     蕎麦屋の出前が佐野周二の家に入るのを、小林桂樹が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     蕎麦屋の出前がもう一度佐野周二の家に入ってゆくのを、小林桂樹が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     新婚旅行の愚痴をこぼしながら、夫が「私の顔見てニヤニヤ笑うの」とこぼした香川京子の言葉に反応した佐野周二が、原節子の顔を笑いながら「窃視」する。80。「物語的窃視」。目が合った原節子の怖い顔に慌てて佐野周二は目を逸らす。
     隣の家の庭で体操をしている根岸明美を、佐野周二が「窃視」する。80。「物語的窃視」ないし「欲望の窃視」。若い奥さんへの欲望
     香川京子の夫婦喧嘩の愚痴が伝染してしまい、喧嘩を始めた原節子と佐野周二とを、香川京子が不安そうにオフオフで「窃視」する。70。「物語的窃視」。「集中」がやや弱いかもしれない。
     道端で幼稚園児を引率している園長の長岡輝子を、原節子と根岸明美が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     映画を見に行く日の朝、ガラス戸を開けて顔を出し根岸明美に挨拶をする原節子を、隣の家の縁側から小林桂樹が身を乗り出して「窃視」する。80。「物語的窃視」。覗き好きの夫婦である。
     胃の悪い佐野周二が、硬いご飯を「喉に突き刺さりそうなご飯だな」といって揶揄して食べているところを、原節子が「窃視」する。70。「負の窃視」。
     原節子が財布をすられた翌日、会社から給金の前借をしようと考えている佐野周二が、金を数えている経理の社員を「窃視」する。80。「欲望の窃視」
     縁の下を覗き込み、野良犬を探している原節子の後ろ姿を、隣の家の庭から小林桂樹が「窃視」する。60。原節子は見られている事を知っている風でもある。
     日本橋の白木屋の屋上で、伊豆肇夫妻と挨拶している佐野周二を、遠巻きに原節子が「窃視」する。90。「物語的窃視」。成瀬にしては珍しい遠距離からの「窃視」。
     白木屋からの帰り道、家への路地を歩いて来た原節子を、根岸明美が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     家に来た会社の同僚たちにおだてられて、まんざらでもなさそうな原節子を、佐野周二がチラリと「窃視」する。70。「負の窃視」。
     台所で泣いている原節子を、佐野周二が茶の間から「窃視」する。80。「物語的窃視」ないし「負の窃視」。この場合、二人は夫婦喧嘩の最中で、こわばっている原節子の身体は決して「無防備な身体」と化してはいないとも思われるが、佐野周二は隣の部屋から場所を移して台所の原節子を見つめていているので、空間と時間の「断絶」が生じているとも言え、微妙だが「窃視」としておく。どちらにせよ喧嘩中であり、「裸の窃視」ではない。
     風船を叩き合っている原節子と佐野周二を、隣の家の縁側から小林桂樹と根岸明美の夫婦が「窃視」する。85。「物語的窃視」

51「妻の心」(1956)

地方の薬局を継いだ結婚五年目の次男夫婦(小林桂樹と嫁の高峰秀子)の家に、東京から兄の千秋実と嫁の中北千枝子が、妹(根岸明美)の結婚の応援部隊として、子供連れでやってくる。だがしばらくすると、千秋実の会社は倒産しており、二人は居座るつもりであることが分かり、それが理由で円満だった次男夫婦の関係は一気に冷えていく、、、秋の彼岸から花見の季節までの夫婦生活を描いたこの作品こそ、私がこの論文を書くきっかけとなった、決定的な「窃視」の出現する映画である。母、三好栄子。高峰秀子の親友に杉葉子、その兄が三船敏郎である。

     囲炉裏を囲んで話している家族たち(小林桂樹、三好栄子、根岸明美)を、台所から高峰秀子がチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」
     台所で仕事をしながら、母の三好栄子と兄の小林桂樹が、自分の婚礼に関する金の事で揉めているとこぼしている根岸明美を、高峰秀子がチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」
     小林桂樹も高峰秀子も、家を空けて外出しているとこぼしながらやって来た三好栄子を、座っている中北千枝子が成瀬目線で「窃視」する。75。「物語的窃視」
     千秋実からきた手紙を読んでいる中北千枝子を、箪笥に向って背中を向けている小林桂樹が振り向き様に背後から「窃視」する。80。「負の窃視」。このあたりから、千秋実夫婦の様子に「居座りの雰囲気」を小林桂樹は感じ始めている。
     その直後、部屋を出て行った小林桂樹を見ている姑の三好栄子を、中北千枝子がチラリと「窃視」する。70。「負の窃視」。フルショット。中北千枝子は、ひょっとして自分達の事情を知られたのではないかと、刑事のような眼差しでもって周囲の様子を伺っている。
     加東大介の洋食屋で、芸者たちが、奥のテーブルに座っている客の三船敏郎を「窃視」する。80。「物語的窃視」
     東京から帰ってきて、酔って水を飲んでいる夫の千秋実を、中北千枝子が「窃視」する。70。「負の窃視」。フルショットの縦の構図
     「生まれたところに帰ってくるとホッとする、」とのびのびしている兄の千秋実を、弟の小林桂樹が背後から「窃視」する。80。「負の窃視」。居座りの恐怖を感じている。
     こんなに良いお店があるのに、、と台所であたりを見回している義姉の中北千枝子を、高峰秀子がチラリと「窃視」する。70。「負の窃視」。居座りの恐怖に怯えている。
     庭で、「うちのかみさん(中北千枝子)に、お前の始める喫茶店を手伝わせてもいいんだが、、」と弟の小林桂樹に話しかけてイヤな顔をされた夫、千秋実を、しゃがんで洗濯をしている中北千枝子が「窃視」する。85。「負の窃視」。
     洋食屋で三船敏郎が高峰秀子に同僚を紹介し、店を出たあと、別れて去って行く高峰秀子の後ろ姿を三船敏郎が「窃視」する。90。「裸の窃視」★。三船敏郎は、一度反対方向へ歩きかけて立ち止まり、振り向いてから見つめているので「断絶」が認められる。「断絶」については●「朝の並木道」(1936)の検討を参照して頂きたい。
     義弟の小林桂樹と夫、千秋実が金の相談をしているのを、妻の中北千枝子が離れから「窃視」する。75。「物語的窃視」。
     居座りを決め込み、奥の間で悠々と新聞を読んでいる兄の千秋実を、弟の小林桂樹が店の帳場から「窃視」する。70。「負の窃視」。場所的に見ることができるのか不明
     電話に出ている嫁の高峰秀子の姿を、姑の三好栄子が遠巻きに「窃視」する。75。「物語的窃視」
     実家に帰って来た根岸明美を、廊下を素通りしながら高峰秀子がチョイと「窃視」する。70。微妙である
     二人で話している高峰秀子と小林桂樹の弟夫婦の姿を、襖を開けて確認(窃視)した千秋実が慌てて襖を閉めて逃げる。80。「物語的窃視」「負の窃視」。家の中では、とてつもないサスペンスが繰り広げられている
     廊下を歩いている高峰秀子が部屋の中に入っていったのを確認(窃視)してから、千秋実が逃げるように廊下を歩き去って行く。70。「負の窃視」
     その直後、部屋の中に入ったと見せてすぐ出て来た高峰秀子が、廊下を逃げるように去ってゆく千秋実を「窃視」する。85。「負の窃視」。家の中における「窃視合戦」は凄まじいのひと言である。
     夫の小林桂樹が芸者との浮気をしていたことを友人の花井蘭子から聞いたあと、帰って来て「見積もりのことだけど」と箪笥に向って背中を向けている小林桂樹の後ろ姿を、高峰秀子が鏡の中で「窃視」する。95。「負の窃視」。小林桂樹は後ろの高峰秀子を気にしてはいるものの、まさか鏡の中で見られていたとは思っていない。
     絵本を読んでいる娘と、娘を抱いている義母、三好栄子の姿を、アイロンをかけながら高峰秀子がチラリと「窃視」する。80。「物語的窃視」
21    家で、「清子さん(高峰秀子)は昔と変わらないなぁ」と言っている三船敏郎を、杉葉子が「窃視」し、見られていたことに気付いた三船敏郎は慌てて目をそらす。80。「物語的窃視」。三船敏郎の高峰秀子に対する思いという「物語」が「窃視」によって露呈している
22    雨が降り、小憩所で高峰秀子と雨宿りをしている三船敏郎が、外で走っている子供たちを「子供はいいなぁ、、」と「窃視」する。80。「欲望の窃視」
23    その三船敏郎の姿を、正面に座っている高峰秀子がチラリと「窃視」する。75。「裸の窃視」?★
24    その後、三船敏郎の妹の杉葉子の結婚話になり、「うっかり結婚したら大変、、」と言ってうつむき、物思いに耽っている高峰秀子を、三船敏郎が「窃視」し、その後、高峰秀子と目が合い、慌てて目をそらす。80、「裸の窃視」★
25    夜の空き地で話し合った次の日、実家へ寄るために店を出る高峰秀子の後ろ姿を小林桂樹が「窃視」する。80。「物語的窃視」。二人は未だ疑念を抱きあった関係にあり、これは「裸の窃視」ではない
26    自転車を引きながら新装開店の薬屋を見つめている小林桂樹の姿を、通りがかった高峰秀子が微笑みながら「窃視」する。100。「裸の窃視」★

52「流れる」(1956)

夏の柳橋界隈の置屋における芸者たちの人間模様を、往年の大スター、栗島すみ子をゲストに迎えてオールスターキャストで撮られた幸田文原作の映画である。映画は、置屋に新しく女中として田中絹代がやって来たところから始まる。そこでは女将の山田五十鈴と高峰秀子の母子を中心に、亭主(加東大介)に捨てられ小さな娘と転がり込んできた妹、中北千枝子、芸者の杉村春子、岡田茉莉子、などが壮烈な視線合戦を繰り広げている。

     映画開始直後、高峰秀子と向き合っている芸者、泉千代の姿を、娘に踊りの稽古をつけている中北千枝子が、二間続きの隣の間から「窃視」する。85。「物語的窃視」
     田中絹代に風呂のたき方を指南したあと、蝦蟇の神様に向ってお祈りをしている杉村春子の姿を、田中絹代が土間から「窃視」する。90。「裸の窃視」★
     玄関から2つのバッグを持って小走りにやって来る田中絹代を、廊下の奥から山田五十鈴が「窃視」する。80。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらい。見つめている山田五十鈴の姿があとに入る後発的な「窃視」である。
     置屋にやって来た賀原夏子を、賀原に借金をしている杉村春子が「窃視」し、戸口の陰に隠れる。90「物語的窃視」。「窃視」したあとで隠れており、対象の賀原夏子は「オブジェクト化」しているわけではない。
     その後、二階から降りてきて賀原夏子が、鏡台に向って飯を食べている杉村春子に借金の催促をした時、傍に立っていた山田五十鈴が杉村春子をチラリと「窃視」する。70。「負の窃視」
     帳簿でもめて置屋を飛び出した芸者、泉千代の叔父と名乗る男(宮口精二)が玄関口に座り込み、田中絹代に談判しているところを、奥の廊下の陰から岡田茉莉子が「窃視」する。80。「物語的窃視」「負の窃視」
     賀原夏子の紹介した男、竜岡晋と芝居の休憩所のテーブルで同席している時、離れたテーブルに座った栗島すみ子を、山田五十鈴が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     二階の二間続きの部屋のむこうで、三味線(清元)の稽古をしている山田五十鈴を、高峰秀子が刺繍をしながらチラリと「窃視」する。85。「裸の窃視」★。高峰秀子は場所的には近いが、山田五十鈴は昼間の出来事で上の空、という状態にあり、三味線とあわせて「集中」の演出の意図がはっきりしている。
     廊下の電話で賀原夏子に前日の無作法の言い訳に苦慮している母、山田五十鈴の姿を、隣室で襖に寄りかかって立っている高峰秀子が遠巻きに「窃視」する。100。「裸の窃視」★。見終わった高峰秀子は、何ともいえない表情で身をくねらせている。
     家政婦の件で電話をしている中北千枝子を、田中絹代が「窃視」する。40。場所的に無理がある
     家で子供に清元の稽古を付けている栗島すみ子を、山田五十鈴がチラリと「窃視」する。40×眼差しが弱い。
     医者の中村伸郎が風邪をひいた中北千枝子の娘に注射をする時に、子供をあやしている田中絹代の姿を高峰秀子が「窃視」する。90。「裸の窃視」★。ショットが田中絹代の近景にさっと寄り、高峰秀子の「主観ショット」の体裁でまじまじと撮られている。
     二階で山田五十鈴と話している中北千枝子を、階段を上がってきた高峰秀子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。場所的に山田五十鈴は高峰秀子の登場に気付いている。
     雷光の輝く中、置屋の二階の二間続きの部屋で立っている高峰秀子の後ろ姿を、座っている母、山田五十鈴が「窃視」する。40。一見「窃視」に見えるが、高峰秀子に「集中」の演出が成されていない。
     来訪し玄関に座っている宮口精二と栗島すみ子を、廊下の奥から中北千枝子が「窃視」する。90。「物語的窃視」。縦の構図で撮られている。
     夜、巡回にやって来たお巡りさんを玄関で歓待する山田五十鈴を、廊下の奥から高峰秀子が「窃視」する。80。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらい
     その直後、二階から降りてきた山田五十鈴が、同じく宮口精二と栗島すみ子の姿を「窃視」する。75「物語的窃視」
     来訪し、玄関で妻の中北千枝子と言い争っている加東大介の姿を、お勝手の方から田中絹代と杉村春子が二人で「窃視」する。90。「物語的窃視」
     やっと帰った宮口精二を、置屋の二階の窓辺から山田五十鈴と賀原夏子が「窃視」する。90。「物語的窃視」。段差のある「窃視」ではあるが、隠れて見ているわけではない。宮内精二が見上げれば、すぐに見返されてしまう位置に二人は居る。
     夜、路地にタクシーを呼びに出た田中絹代が、料亭で中谷昇に会って帰って来た山田五十鈴とすれ違い、その後ろ姿を、振り返って「窃視」する。100。「裸の窃視」★。すれ違った田中絹代は、敢えて数歩、歩いてから振り返って山田五十鈴の後ろ姿を見つめており、時間的、空間的な「断絶」が意図的に演出されている。
21    警察に行く宮口精二とお巡りさん、そして山田五十鈴と高峰秀子の姿を、四つ角で岡田茉莉子が「窃視」する。90。「物語的窃視」
22    警察から帰って来たあと、栗島すみ子と置屋の今後について二階で話している山田五十鈴の姿を、高峰秀子が隣の日本間の出窓に座りながら「窃視」する。90。「裸の窃視」★
23    その後、酔って帰宅して踊っている杉村春子と岡田茉莉子の姿を、お勝手の田中絹代や、二階から降りてきた山田五十鈴、栗島すみ子が「窃視」する。75。「負の窃視」。
24    茶の間で座って話している山田五十鈴、宮口精二、仲谷昇を、障子に寄りかかった高峰秀子が「窃視」する。85。「物語的窃視」。縦の構図。
25    酔って山田五十鈴に喧嘩を売っている杉村春子を、中北千枝子の娘が「窃視」する。80。「負の窃視」
26    二階でミシンを動かしている高峰秀子の後ろ姿を、上がってきた田中絹代が「窃視」する。90。「裸の窃視」★
27    ラストシーン、茶の間で三味線を弾いている山田五十鈴と杉村春子の姿を、田中絹代が台所から、視線を交互に動かしながら「窃視」する。100。「裸の窃視」★。廊下からやって来た田中絹代は、わざわざ他の見物人たちとは異質の空間である台所の奥へと入っていって場所をずらし、山田五十鈴と杉村春子の盲点から見つめている。

53「あらくれ」(1957)

「あらくれ」は、缶詰屋の嫁にやってきた農家の娘が、夫(上原謙)に離縁され、その後男たち(森雅之、加東大介)の間を転々と遍歴して歩く物語である。「窃視」は以下の通り。

     近所の女たちが、店の前で水を撒いている後妻の高峰秀子を「窃視」する。90。「物語的窃視」。女たちは、高峰秀子が缶詰屋の後妻として入ったという「物語」を指摘しながら見つめている。
     高峰秀子の実家で、高峰秀子の母の岸輝子から「どうぞ娘をこき使ってやって下さい」といわれて、「はい、、」と頭を下げる夫、上原謙の姿を、隣の間に座っている高峰秀子が「窃視」する。80。「負の窃視」。夫の見苦しさが露呈している。
     三浦光子の家の離れで竹を削っている田中春男を、上原謙や三浦光子が、「窃視」する。85。「負の窃視」
     夜、店に帰って来た高峰秀子が、帳場で仕事をしている上原謙を振り向き様「窃視」する。70。「負の窃視」。喧嘩別れしたあとの「窃視」であり、「裸の窃視」ではない。
     夜、布団の中で、女に恋文を書いている夫、上原謙を妻、高峰秀子が「窃視」する。80。「物語的窃視」「負の窃視」
     雪のステーションで、汽車に乗ってゆく兄の宮内精二を、振り向き様に高峰秀子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。兄の宮内精二の借金のかたに高峰秀子は温泉町で働くのであり「裸の窃視」ではない。この場合、高峰秀子がそのまま宮内精二の背中を見つめ続けていたのなら「窃視」かどうかは微妙だが、高峰秀子は一度逆方向へと歩いていってから振り返るという演出がなされており、時間が「断絶」している。従ってこれは「窃視」である。
     奉公先の旅館の玄関で、帰り際の志村喬に乳を触られ「おっぱいが大きいな」と言われて「さらしで巻いてるんですよ」と応えている高峰秀子を、森雅之がオフオフで「窃視」する。90。「裸の窃視」★
     その夜、湯殿の洗面所で、鏡に向って髪をとかしている高峰秀子の姿を、森雅之が廊下の陰から「窃視」する。100。「裸の窃視」★。森雅之は恍惚と見つめている。成瀬映画の中でも歴史に残る「裸の窃視」のひとつ
     女将の清川玉枝に呼び出され、山の旅館に行くようにと言われている高峰秀子の姿を、離れの廊下から森雅之が「窃視」する。90。「物語的窃視」
     旅館で酔いつぶれて寝ている高峰秀子の姿を、森雅之が「窃視」する(高峰秀子が起きると、森雅之が目を逸らす。それによってそれまで森雅之が高峰秀子の寝姿を「窃視」していたことを推測させている)80。「裸の窃視」というよりも「酔いつぶれて眠っている」という「負の窃視」の傾向も入っている
     酔って屏風を壊した後、酔いから醒めた高峰秀子が、「みっともない、、」といって背を向けた森雅之の後ろ姿をちらりと「窃視」する。40。これについては詳細に検討する。
     その後、廊下を小走りに去って行く高峰秀子の後ろ姿を、部屋から出て来た森雅之が「窃視」する。90。「物語的窃視」と「裸の窃視」との中間くらい。まず高峰秀子が廊下を走り去り、その後部屋の中にいた森雅之が部屋から出て来て高峰秀子の後ろ姿を見つめており、この場合も⑥と同じように、最初から森雅之が廊下にいたのなら、高峰秀子はその視線を意識しているという蓋然性が高いが、一度時間と空間(特に空間)の断絶の演出がなされているのでこれは「窃視」である。
     東京に帰って来たあと洋裁工場で、役所からつき返された洋服を見つめている加東大介の姿を「突っ返されたのかい?」と高峰秀子が「窃視」する。40。加東大介は高峰秀子の存在に気付いている風であり、仮にこれが「窃視」だとしても「物語的窃視」である。
     祭の路地で、歩いている三浦光子を、高峰秀子が「窃視」する。90。「物語的窃視」。人を見つけた、という「物語」が露呈している。
     喫茶店の前で別れ、歩き去って行く高峰秀子の後ろ姿を、三浦光子が「窃視」する。75。「負の窃視」。三浦光子は高峰秀子に良い感情を抱いていない。この場合も⑥や⑪のように、時間空間の断絶が問題となるが、三浦光子はまじまじと見つめており、時間の断絶を認めてよいと思われる。そして三浦光子と高峰秀子の関係からしてここには「負」の意味が込められているだろう。
     加東大介と再婚し、始めた店に帰宅した高峰秀子が、コタツで居眠りをしている加東大介を「窃視」する。80。「負の窃視」。仕事もしないで寝ている夫
     店が潰れて家を追い出され、途方に暮れてたどり着いた神社で、二人連れの乞食を高峰秀子が「窃視」する。90。「負の窃視」。ああなりたくない、という「負の物語」が露呈している。
     下宿へやって来た夫の加東大介の擦り切れた下駄を見たあと、火鉢を突付いている加東大介の姿を高峰秀子が「窃視」する。95。「裸の窃視」★
     その直後、ふと窓の敷居に座って考え込んでいる高峰秀子を、加東大介が「窃視」する。40。ミシンをいじっていた加東大介が大きな声で「こいつぁ軽くっていいや!」といいながら振り向いて、物思いにふける高峰秀子の顔に驚き、そのまま高峰秀子の顔を見つめるというシーンである。これが「窃視」なのか。この場合、加東大介は「こいつぁ軽くっていいや!」と殊更大きな声を出しており、また、「おいっ」と呼ばれた高峰秀子も、見られていた事を知って驚くでもなく平然と返答をしている。この場合、成瀬巳喜男自身に「集中」を生じさせる意志がなく、従ってこれは「窃視」ではないと判定したい。
     人力車で、妾(三浦光子)の家へ向う夫の加東大介を、妻の高峰秀子が「窃視」する。90。「物語的窃視」「負の窃視」。人力車に乗って妾(三浦光子)の家へ向う加東大介の姿が何とも滑稽である。
21    その後、縁側から逃げて行く加東大介と彼を逃がしている三浦光子の姿を、勝手に上がりこんできた高峰秀子が「窃視」し、三浦光子が見られていたことを知って驚く。90。「物語的窃視」「負の窃視」

54「杏っ子」(1958)

室生犀星の自伝的小説を原作に、1947年の秋から1950年の冬ごろまでの、香川京子と木村功の夫婦生活を綴った作品である。

     疎開先で、自転車に乗っている香川京子と土屋嘉男の二人とすれ違った木村功が、振り向き様に二人の背中を「窃視」する。90。「物語的窃視」
     雨に降られ、木村功の貸本屋で雨宿りをするために入って来た香川京子を、椅子に座っている木村功が「窃視」する。70。「物語的窃視」。対象なし
     その後、洋服を乾かしている香川京子を木村功がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★
     その後、道で別れ際、自転車で帰ってゆく木村功の後ろ姿を、香川京子が振り向き様に「窃視」する。70。「物語的窃視」。ロングショット。直前に、香川京子の見合いの相手についての悪い情報を木村功から聞いており、「裸の窃視」ではなく、ここには物語的な要素が露呈している。
     結婚初夜の旅館の和室で、立って外を見ている香川京子の後ろ姿を、座っている木村功がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★
     大森の実家で、話しながら歩いて来る山村聡と中村伸郎を、やって来た香川京子と木村功が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     本郷の自宅に賀原夏子が毛糸編み機を持ってきた後、「どうして僕と結婚したの」と尋ねたところが「偶然だわ、、」と香川京子に言われて愚痴をこぼしている木村功を、香川京子がチラリと「窃視」する。80。「負の窃視」
     その後、机に向って小説を書いている夫、木村功の背中を、香川京子が毛糸編み機を動かしながら、「窃視」する。80。「負の窃視」
     その後、夫の言いつけでマッチを持ってきた香川京子が、立ったまま、座っている木村功の後ろ姿を「窃視」する。85。「負の窃視」。主観ショットあり。
     香川京子が、家の前で遊ぶ子供たちを注意したあと、中に入って、机に向っている木村功の背中を「窃視」する。70。「負の窃視」
     香川京子が、路地でのスーパーマーケットの宣伝の騒音を気にかけながら、机に向っている木村功の背中を「窃視」する。80。「負の窃視」
     「小説は10枚も書けば分かるわ、美味しいものは最初から美味しいんですもの」と言っている香川京子を、売れない小説を書いている夫の木村功が物凄い形相で「窃視」する。100。「負の窃視」。成瀬映画史上、最高の「負の窃視」である。
     香川京子と山村聡が夜、本郷の自宅に二人で帰宅したあと、酔いつぶれて寝ている木村功の姿を「窃視」する。80。「負の窃視」
     大森の実家に夫婦揃って帰ってきて、お茶に呼ばれたシークエンスの最後に、香川京子が木村功をチラリと「窃視」する。70。「負の窃視」
     大森の父、山村聡の自宅に居候している木村功が、障子のガラス窓を通して義父の山村聡が小説を書いている姿を「窃視」する。80.「物語的窃視」「負の窃視」
     庭で木村功とかち合い、散歩に行くのをやめて家の中に入って行く義父、山村聡の後ろ姿を、木村功が「窃視」する。80。「負の窃視」
     その直後、酒を飲みに出て行く木村功の後ろ姿を、玄関から出て来た香川京子が「窃視」する。85。「負の窃視」。盗み見がマシンガンのように連鎖する。
     木村功が、障子のガラス窓を通して、義父の山村聡と出版社の中村伸郎の姿を「窃視」する。80。「物語的窃視」「負の窃視」
     その後、今度は山村聡と中村伸郎の二人が、障子の窓ガラス越しに、小説を書いている木村功の姿を「窃視」する。80。「物語的窃視」
     大森の実家にやって来た詩人、加東大介の姿を、木村功が障子の窓ガラス越しに「窃視」する。80。「負の窃視」
21    その後、下宿に引っ越したあと、木村功が、路地で千秋実と歩きながら話をしている香川京子の姿を二階から「窃視」する。70。「負の窃視」。対象なし
22    雨の中、傘をさし、下を向きながら路地を大森の実家へと向って歩いて来る香川京子の姿を、歩いて来た父の山村聡が「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい。この窃視はロングショットのゆるやかな演出でなされてはいるが、雨の中、傘をさし、下を向いて歩いているという香川京子の「集中」の演出、そして山村聡が「おいっ」と声をかけたとき、香川京子が「あっ、、」と、そこで初めて山村聡に気付く演出がことさら成されていることから、これは「窃視」である。

55「鰯雲」(1958)

成瀬巳喜男の初めてのカラー、初めてのワイドクリーン、初めて脚本家の橋本忍と組み、成瀬映画最長の129分という、初めてづくしの作品である。戦争未亡人、淡島千影を中心にその姑が飯田蝶子、本家の兄、中村雁治郎、その妻、清川虹子、その息子が小林桂樹、太刀川洋一、大塚国夫。中村雁治郎の元妻が杉村春子、その娘で小林桂樹の嫁になるのが司葉子。分家に織田政雄と賀原夏子の夫婦、その娘に水野久美、淡島千影の恋人が木村功。淡島千影の親友で料理屋を経営しているのが新珠三千代。

     縁側に座って煙草を呑んでいる弟の小林桂樹の姿を、小林桂樹の見合い相手(司葉子)の写真を見ていた淡島千影が「窃視」する。70。「裸の窃視」★。フルショット
     半原の旅館で、「もう一杯」と木村功に酒を注がれた淡島千影が、木村功の姿を「窃視」する。65。「裸の窃視」★。フルショット
     その後、酔いが回った淡島千影が、旅館の窓枠に座りながら、木村功の姿をチラチラと「窃視」しなが「もう帰れないわね」と呟く。80。「裸の窃視」★。目を逸らしながら、いかにも盗み見るような欲望を露呈させている。
     その後、「家には電報も打っておいたし、、」と呟いている淡島千影がふと木村功のほうへと振り向くと、淡島千影を見つめていた木村功が慌てて目を逸らす。80。「裸の窃視」★。二番目のショットが出て初めて「窃視」が露呈するという、後発的な「窃視」の演出である。
     「寝床を取らせましょう」と女中を呼びに出で行く木村功を、淡島千影が成瀬目線で「窃視」する。80。「裸の窃視」★。対象を省略している。
     田んぼを耕している司葉子が手を休め、遠くで話をしている母の杉村春子と淡島千影を「窃視」する。75。「物語的窃視」
     (淡島千影の家で)淡島千影が中村雁治郎に「(小林桂樹と司葉子との)婚礼をのばすことにしたいと先方に返事をしておくわよ」と言いながら、うつむいている中村雁治郎を「窃視」する。70。「物語的窃視」。フルショット
     新珠三千代の旅館で、逢引のために中へ入って行く木村功の後ろ姿を、淡島千影が「窃視」する。85。「裸の窃視」★。まじまじと艶かしい瞳で見つめている
     賃スキをするために牛を引いて出て行く息子の小林桂樹を、中村雁治郎が苦々しく「窃視」する。70。「負の窃視」
     動かない牛に四苦八苦している夫の小林桂樹を、司葉子が「窃視」してからかう。80。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらい
     新珠三千代の料理屋の裏二階で、中村雁治郎の顔を、杉村春子が酒を注ぎながらチラリと「窃視」して、「お老けになりましたねぇ、、」と呟く。75。「裸の窃視」と「物語的窃視」との中間くらい
     農道を歩いてゆく水野久美を、畑仕事をしている本間文子と清川虹子が「窃視」する。90。「物語的窃視」
     田んぼを鋤きながら汗を拭っている中村雁治郎を、息子の小林桂樹が石灰を撒きながら「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい
     淡島千影の家で、酒を飲んでいる中村雁治郎の顔を、向かいに座っている淡島千影がチラリと「窃視」する。75。「裸の窃視」★
     縁側で、土地売却の契約書をじっと見つめている中村雁治郎を、部屋の奥の暗がりから淡島千影が「窃視」する。95。「裸の窃視」★

56「コタンの口笛」(1959)

アイヌと倭人との関係を描いたこの作品もまた、前作の●「鰯雲」(1958)に続いてのワイドスクリーンのカラー映画であり、上映時間も127分と長く、また、差別という「社会問題」を扱っている点においても共通している。アイヌの姉弟(幸田良子、山内賢)、父、森雅之である。

     登校する山内賢を、「あっ、犬だ(アイヌだ)」と陰口を言いながら生徒たちが「窃視」する。80。「負の窃視」
     観光客の前でパフォーマンスをしているアイヌたちを、山内賢とアイヌの従兄弟の大塚国夫が「窃視」する。80。「負の窃視」
     花火を見ている教師たち、宝田明と松葉良子を、生徒の幸田良子が「窃視」する。90。「物語的窃視」「負の窃視」。幸田良子は、宝田明に恋心を抱いているから。
     教師の倭人(日本人)、志村喬に、娘(水野久美)の結婚をお願いしているアイヌの三好栄子の後ろ姿を、花を生けている志村の妻が幾度か「窃視」する。80。「物語的窃視」
     屋外教室のスケッチで、教師の宝田明の姿を、幸田良子と親友の武部秋子が二人で「窃視」する。75。「裸の窃視」★
     病気になり蒲団の中で眠っている三好栄子を、みんなが「窃視」する。70。「物語的窃視」
     河で密漁をしている山内賢が、通りすがりの倭人を「窃視」して安全を確かめてから、また密漁を始める。85。「物語的窃視」
     三好栄子の死に顔を、みんなが「窃視」する。70。「物語的窃視」
     山道で立ち止まり、三好栄子のお棺に「コタンを見せてやる」と立ち止まった森雅之と田島義文の二人を、志村喬が「窃視」する。75。「物語的窃視」。志村喬は、倭人でありながらアイヌ差別をしない教師として尊敬をされていたが、自分の息子をアイヌの娘と結婚させることを拒否しており、その負い目がある。
     三好栄子の墓前でしゃがみこんでいる志村喬を、山内賢と幸田が「窃視」する。80。「物語的窃視」「負の窃視」
     自殺の意志を固め、家を出て行った山内賢が、家の窓の外から、赤いセーターを着て編み物をしている姉、幸田良子の姿を「窃視」する。95。「裸の窃視」★。窓枠を通しての「窃視」は珍しい。
     その後、夜道で、家へと歩いていった父、森雅之の後ろ姿を、山内賢が「窃視」する。80。「裸の窃視」★。父と別れ、一度反対方向へと歩き出した山内賢が振り返って森雅之の後ろ姿を見つめており、時間の「断絶」が生じている。
     闇討ちに遭い、病院で眠っている山内賢を、家族たちが「窃視」する。80。「物語的窃視」
     教室でピアノを弾いている教師、松葉良子の後ろ姿を、幸田良子が「窃視」する。85。「物語的窃視」
     荷車で運ばれてきた父、森雅之の亡骸を、幸田良子と山内賢が「窃視」する。70。「物語的窃視」
     その後、家の中で、森雅之の死に顔を、幸田良子と山内賢が「窃視」する。70。「物語的窃視」
     墓地でしゃがみこむ幸田良子と山内賢を、大塚国夫が「窃視」する。80。「物語的窃視」

57「女が階段を上る時」(1960)

戦後に結婚した夫をトラック事故でなくした高峰秀子が雇われマダム、ホステスに淡路恵子、団令子、中北千枝子など、マネージャーに仲代達矢、客に森雅之、加東大介、中村雁治郎、小沢栄太郎などである。

     淡路恵子のバーで、カウンターの客と話している淡路恵子を、高峰秀子が「窃視」する。85。「物語的窃視」。淡路恵子は高峰秀子のバーを辞めたホステスで、今は自立して高峰秀子の店の客を横取りしている。しかしこの高峰秀子の「窃視」には、決して否定的なものは含まれてはいない。
    高峰秀子のバーのホステスたちが、客たちを品定めのため「窃視」する。80。「物語的窃視」
     高峰秀子のバーで、森雅之と立ち話をしている高峰秀子を、客の加東大介が「窃視」する。70。「物語的窃視」
     その直後、マネージャーの仲代達矢もまた、森雅之と立ち話をしている高峰秀子を「窃視」する。75。「物語的窃視」。仲代達矢は高峰秀子に想いを寄せている。
     喫茶店で向かい合って座っている淡路恵子を、高峰秀子が「窃視」する。60。「物語的窃視」。ロングショットで二人が同一の画面にいて分かりにくく、「集中」の演出も弱いので微妙なところ
     すし屋の二階の物件で、カウンターの中へ入って行く仲代達矢を、高峰秀子が「窃視」する。70。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい。但し「裸の窃視」という可能性も捨てきれない。
     淡路恵子の通夜で、借金の催促に来た菅井きんと佐田豊を、高峰秀子がオフオフで「窃視」する。75。「負の窃視」
     その後、娘の淡路恵子についてしんみりと話している沢村貞子を、横に座っている高峰秀子がチラリと「窃視」する。60。「物語的窃視」。フルショットで撮られていて、趣旨として弱い
     さらにその後、借金取りにやって来た小沢栄太郎の使いの者を、高峰秀子が「窃視」する。75。「負の窃視」
     淡路恵子の死後、高峰秀子のバーへやって来た小沢栄太郎(彼は、淡路恵子に金を貸し、淡路が死ぬと通夜の晩に借金を取りに行かせるような男である)を、高峰秀子が「窃視」する。80。「負の窃視」
     病気静養から復帰後、バーのカウンターで客の多々良純に絡まれている高峰秀子を、ホステスや客たちがボックス席から「窃視」する。85。「物語的窃視」
     その直後のシーンで、路地を歩いて来る高峰秀子を、ちょうどやって来た加東大介が「窃視」する。75。「物語的窃視」と「裸の窃視」との中間くらいか。少なくとも「そこに高峰秀子が存在した」という存在特定の「意味」が込められている。
     その後、車の運転をしている加東大介を、助手席の高峰秀子がチラリと「窃視」する。40。確かに加東大介は車の運転に「集中」しているようにも見えるが、しかし助手席の高峰秀子と会話を続けていることから高峰秀子の視線を感じているはずで、それを「断絶」するためのさらなる演出が不足している。微妙なところではあるが、仮にこれが「窃視」なら、「裸の窃視」★である。
     加東大介の詐欺に気付いたあと、カウンターで飲んだくれている高峰秀子を、ホステスたちが「窃視」する。80。「物語的窃視」
     森雅之が連れてきた芸者を追い出したあと、森雅之と二次会へ出てゆく高峰秀子を、仲代達矢が「窃視」する。80。「負の窃視」。
     朝、アパートで、背広を着ている森雅之の姿を、ベッドの中から高峰秀子が「窃視」する。20。一見「窃視」のように見えなくもないが、高峰秀子は昔の夫の夢を想起しており、彼女は「宙」を見つめているのであって森雅之を見ていたのではない。非常に紛らわしい演出。
     高峰秀子のアパートで朝、手切れ金としての株券を渡された高峰秀子の後ろ姿を、森雅之が振り向き様チラリと「窃視」する。65。「物語的窃視」
     転勤のために乗った汽車の座席から、ホームにいる知人に挨拶をしている森雅之を、高峰秀子が遠巻きに「窃視」する。85。「物語的窃視」。高峰秀子は微笑んでおり、「裸の窃視」とも見れるが、手切れ金を渡してサッサと転勤してしまうようなこの男ときっぱりと決別する、という、晴れ晴れとした決意と、また、水商売の女としての筋を通す、という意味合いでの微笑みである。

58「娘・妻・母」(1960)

「くちづけ」でコンビを組んだ松山善三と本格的にコンビを組んで臨んだ第一作であり(井出俊郎との共同脚本)、所謂オールスター映画である。この作品の人物関係について簡単に提示しておきたい。山の手の閑静な住宅街に住む坂西家は、母(三益愛子)を中心に、一男を持つ長男(森雅之)と妻(高峰秀子)夫婦と、三女(団令子)の五人で構成されている中流家族で、妻(高峰秀子)が唯一血のつながりを欠いた同居人として家の切り盛りをしている。そこへ夫を事故で亡くした未亡人である長女の原節子が保険金をわんさと貰って出戻ってきて、既に家を出て独立している次女(草笛光子)、次男(宝田明)、そして高峰秀子の叔父である加東大介入り乱れての「金取り合戦」を繰り広げる。

     原節子の夫の訃報を電話で聞いた高峰秀子が居間で家族に報告した後、横に立っている夫の森雅之の姿をチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」
     玄関で靴を磨いている草笛光子が、茶の間にいる姑の杉村春子を遠巻きに「窃視」する。70。「負の窃視」。二人は嫁と姑の微妙な関係にある
     原節子の夫の葬式に焼香に来た加東大介を、加東大介の姪の高峰秀子と森雅之が「窃視」する。80。「物語的窃視」「負の窃視」。どうしてあの人が来たの、という疑念の眼差し
     自宅の応接間で、原節子に借金を頼んでいる森雅之が煙草に火をつける瞬間、原節子がチラリと「窃視」する。80。「負の窃視」。狙い済ましたような「窃視」である。
     喫茶店で、モデルの女と話しこんでいる夫、宝田明を、妻の淡路恵子が「窃視」する。80。「負の窃視」「物語的窃視」
     ダンスホールで踊っている団玲子や宝田明夫婦を見ている原節子を、仲代達矢が「窃視」する。90。「裸の窃視」★。原節子が振り向き、見ていることを知られた仲代達矢が慌てて目をそらし、また原節子へ切返され、原節子も見られていた事を知って照れる、という典型的な「ラブストーリー」型の「窃視」である。
     甲府のぶどう園へのピクニックシーンで、話し込んでいる原節子と仲代達矢の後ろ姿を、団令子などが「窃視」する。80。「物語的窃視」
     その後、ぶどう酒製造法の話に熱中している仲代達矢の後ろ姿を、原節子が「窃視」する。85。「裸の窃視」★。仲代達矢が振り向き目が合うと、見ていたことを知られた原節子が照れくさそうに笑う。
     公園で体操をしている近所の老人、笠知衆を、三益愛子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。50年代にはこういう無駄な「窃視」は存在しなかった。
     美術館で偶然再会したあと、去って行く上原謙の後ろ姿を、原節子が「窃視」して笑う。80。「物語的窃視」。原節子は上原謙の後ろ姿を見つめた後、初めて彼のことを思い出して笑っており、人物の同一性という「物語」が露呈している。
     弟の宝田明の留守宅であるアパートで、家事に集中する原節子の背中を、仲代達矢が接近しながら「窃視」する。90。「裸の窃視」★。見られていたことを知った原節子は驚く。原節子は敢えて大きな声で話をしており、背後から仲代達矢が近づいてきていることを知らないという設定で撮られている。
     その直後、宝田明のアパートに置いてあった電気掃除機に突如興味を示した原節子が部屋を掃除し始めたところを、仲代達矢が「窃視」する。90。「裸の窃視」★。見られていたことを知った原節子は驚く。その直後二人はキスをする。
     自宅にやって来た中北千枝子に、上原謙との縁談を勧められ「どうしましょう、、」と考えている原節子を、向かいのソファーに座っている高峰秀子がチラリと「窃視」する。75。「物語的窃視」
     家族会議が決裂したあと、深夜、寝室で、義母の三益愛子を引き取りましょうと夫に提案する高峰秀子を、夫の森雅之がチラリと「窃視」する。75。「物語的窃視」
     台所で洗い物をしている原節子の背中を、高峰秀子が「窃視」する。85。「物語的窃視」。一見「裸の窃視」のようにも見えるが、高峰秀子は老人ホームから届いた手紙を原節子に隠そうとするために原節子の姿を確認したのであり「物語」が露呈している。
     ラストシーンの公園で、笠知衆にあやされている赤ん坊の姿を遠くから「窃視」した三益愛子が、駆け寄って赤ん坊を抱き上げてあやす。90。「裸の窃視」★。

●「59夜の流れ」(1960)

川島雄三との共同監督で撮られたこの作品は、料亭の雇われマダム、山田五十鈴とその娘、司葉子、そしてその料亭に芸者たちを派遣する置屋の女将、三益愛子と芸者たち日常を、料亭の板前の三橋達也と山田五十鈴親子との三角関係を絡めながら撮られている。志村喬は山田五十鈴の旦那、白川由美は司葉子の親友で志村喬の娘である。

     プールの控え室へ入って行く志村喬の後ろ姿を、芸者たちが「窃視」する。70。「物語的窃視」
     レストランで、男といる市原悦子を、芸者たちが「窃視」する。80。「物語的窃視」
     料亭で志村喬の申し出を断ったあと、部屋を出て行った志村喬の後ろ姿を、山田五十鈴が「窃視」する。80。「物語的窃視」。山田五十鈴は部屋の中から出て来て見つめているので空間の「断絶」が生じている。●
     草笛光子を探しに置屋に上がりこんで来た北村和夫が帰って行く後ろ姿を、芸者たちが「窃視」する。75。「物語的窃視」
     料亭の居間で、メロンを食べながら談笑している三橋達也、司葉子、白川由美の三人を、帰宅した山田五十鈴が廊下から「窃視」する。80。「物語的窃視」。●
     三橋達也のアパートで、窓際で外を見ている司葉子の後ろ姿を、三橋達也が振り向き様チラリと「窃視」する。80。「物語的窃視」。●
     傷ついてアパートを出てゆく司葉子が、振り向き様に、三橋達也を「窃視」する。80。「負の窃視」。●
     料亭の板場で料理をしている三橋達也を、入って来た山田五十鈴が「窃視」する。80。「物語的窃視」●
     その直後、板場を出て行く山田五十鈴の後ろ姿を、三橋達也がチラリと「窃視」する。80。「物語的窃視」●
     バーで酔いつぶれテーブルの上で寝ている芸者の水谷良重を、女たちが「窃視」する。70。「物語的窃視」
     空き地で、子供たちに石を投げようとしている北村和夫を、宝田明が「窃視」する。70。「物語的窃視」●
     車の中で眠っている水谷良重を、不良学生たちが「窃視」する。70。「物語的窃視」
     板場で、別れ話で修羅場を演じている山田五十鈴と三橋達也の姿を、女中たちが「窃視」する。80。「物語的窃視」●
     宝田明が新しく出した呉服屋の奥の間で、北村和夫と草笛光子が話しているのを、店から宝田明が「窃視」する。80。「負の窃視」●
     三橋達也との情事が公けになり、料亭をクビになった山田五十鈴が、旦那の志村喬から手切れ金をもらっている姿を、司葉子が「窃視」する。85。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい●
     その直後、挨拶をする山田五十鈴を、新しい女将の越路吹雪がチラリと「窃視」する。80。「物語的窃視」●。典型的な成瀬的「窃視」である。
     三橋達也のアパートを出て行く司葉子の後ろ姿を、三橋達也が振り向き様に「窃視」する。80。「物語的窃視」●
     駅のホームで、ベンチに座っている北村和夫を、草笛光子と宝田明がチラチラと「窃視」する。70。「負の窃視」
     お披露目のために置屋を出発した司葉子の後ろ姿を、山田五十鈴が「窃視」する。80。「裸の窃視」★●
     台所で家事をしている女中の後ろ姿を、置屋を出て行く前に山田五十鈴が暖簾をめくり、「窃視」する。90。「物語的窃視」●

60「秋立ちぬ」(1960)

それぞれの身勝手な大人たちから取り残されてしまった子供たち(大沢健三郎と一木若葉)が、ふとしたことからめぐりあい、ひと夏の淡い出来事を綴って行く。

     藤原釜足の下宿で、鏡に向って髪を直している母、乙羽信子の姿を、息子の大沢健三郎がチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」
     藤原釜足の下宿の三階の出窓に腰掛けながら、夜、ギターを弾いて歌っている夏木陽介を、蒲団の中から大沢健三郎が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     下宿の八百屋の店を手伝っている大沢健三郎を、客の女が「窃視」して、褒める。75。「物語的窃視」
     街角を歩いている大沢健三郎を、腕白少年たちが「窃視」したあと近づき、野球に誘う。75。「物語的窃視」
     公園で腕白少年たちと喧嘩をしている大沢健三郎を、少女、一木若葉が「窃視」する。70。「物語的窃視」。
     初めて母の勤める旅館へ大沢健三郎がやって来たとき、勝手口から入って来た大沢を、玄関から入って来た一木若葉が「窃視」して、舌を出す。80。「裸の窃視」★。後発的。
     夏木陽介のバイクに乗って多摩川へ行った時、林の中で寝ているカップルを、大沢健三郎が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     カブトムシを取りに行く約束を反故にして、友達とバイクに乗って遊びに行ってしまった夏木陽介の後ろ姿を、大沢健三郎が「窃視」する。75。「負の窃視」

61「妻として女として」(1961)

家族の多くを東京大空襲で亡くした高峰秀子は、結婚もせず、芸者上がりの母、飯田蝶子と二人で暮らしながら、妻(淡島千影)のある男、森雅之の妾として18年ものあいだ、森の経営するバーの雇われマダムとして働いてきた。映画は妾の高峰秀子と、森雅之の妻である淡島千影、そして森雅之が高峰秀子に生ませ、淡島と二人で引き取った子供たち(星由利子と大沢健三郎)を巡る女たちの争いによって進められてゆく。

     喫茶店で、去って行く星由里子の後ろ姿を高峰秀子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★と「物語的窃視」と「欲望の窃視」の入り混じったような視線である。「窃視」は縦の構図で撮られている。高峰秀子は星由里子の生みの親であるが、この時点では映画はそれを明かしておらず、従って「窃視」としては暗示の域に止めているという感じである。
     不倫旅行の熱海の旅館で、羽織を脱いでいる高峰秀子の姿を、窓際で煙草を吸っている森雅之が振り向きながらチラチラ「窃視」する。80。「負の窃視」。妾の高峰秀子と旅館にやって来た森雅之は、なんと大学の教え子達に高峰秀子と二人でいるところを廊下で目撃されてしまう。その直後に部屋に入ってなされたこの「窃視」は、高峰秀子の存在に対する負担のようなマイナスの意味が込められている
     熱海からの帰りの汽車で、後方の座席に座って本を読んでいる森雅之を、高峰秀子が「窃視」する。80。「負の窃視」。熱海において森雅之に対する疑念が一気に噴出した後の「窃視」であり、マイナスの意味が込められている
     バーで仲代達矢と踊っている高峰秀子を、ホステスの水野久美が「窃視」する。70。「物語的窃視」。水野久美は、淡島千影の送ってきたスパイであり、高峰秀子を仲代達矢とくっつけて、森雅之との仲を裂こうとしている。
     防空壕での回想の場面で、B29を見上げている森雅之の後ろ姿を高峰秀子が「窃視」する。85。「物語的窃視」。一見これは、森雅之の背中を見つめた「裸の窃視」のようにも見えるが、ここには『「戦争に負けるかもしれない、、」と呟いた森雅之の言葉の意味が分からなかった』、、と入る高峰秀子の回想のナレーションの示すように、「意味」が込められている。
     回想シーンで、疎開先の家でカバンに荷物を詰めている森雅之を、妻の淡島千影が成瀬目線で「窃視」する。85。「負の窃視」。森雅之との会話後、一度立ち去ろうとした淡島千影がふと立ち止まり、振り向いてから森雅之を見つめており、時間の「断絶」が生じている。淡島千影は、森雅之の浮気を疑っている。
     その直後、水場で遊んでいる娘(星由利子の幼少時の子役)を、森雅之が「窃視」する。85。「物語的窃視」

62「女の座」(1962)

井出俊郎、松山善三コンビによるオリジナル脚本で在り、モノクロ・ワイドスクリーンで撮られたスター映画である。そのせいか人物関係が見事に錯綜している。荒物屋を営む石川家で父、笠知衆が倒れ、その報を聞き、既に家を出て自立していた兄弟姉妹がわんさと帰ってきて、そのドサクサに紛れて、会社を首になっていた三橋達也と淡路恵子の夫婦が居座りを決め込むという、●「妻の心」(1956)と通底する「居座りもの」の一本である。「窃視」を並べる前にまず、高峰秀子を中心に、大まかな人物の関係を書いてみたい。

石川家の嫁で、夫を亡くした後も住み続けている高峰秀子、夫の母が杉村春子(司葉子、星由里子以外の子供たちの継母)。夫の父が笠知衆、娘に司葉子、星由利子(以上は杉村春子の娘)、三益愛子、草笛光子、淡路恵子(以上は笠知衆の前妻の娘)、息子に小林桂樹、その他三橋達也(淡路恵子のだんな)、宝田明(杉村春子が笠知衆と再婚する時残してきた息子)、夏木陽介(ラーメン屋の客で司葉子、星由利子と仲良し)、という感じで錯綜している。ちなみに映画の中で草笛光子が宝田明に恋をすることができるのは、宝田明は、母の杉村春子が笠知衆と再婚する時に元の夫のもとに残してきた子供であり、草笛光子とは血のつながりがないからである。

     父、笠知衆危篤の知らせを受けて実家の荒物屋帰って来た子供たちが、オリンピックに向けた土地整理で、実家の土地が収用されるのでは、という話題をしているところで「ウチ()を削られたんじゃ商売できないよ」と言って立ち上がる小林桂樹を、三益愛子と草笛光子の姉妹が「窃視」する。80。「負の窃視」。とにかく金の話しかしない兄弟姉妹で、彼らの仲は悪い。
     その後 小林桂樹と三益愛子が、店の品物を只で持って行くのを、奥から妹の草笛光子が「窃視」する。80。「負の窃視」
     みなが帰ったあと、草笛光子から再婚を勧められて困っている高峰秀子を、横に座っている義母の杉村春子がチラリと「窃視」する。70。「物語的窃視」。杉村春子と高峰秀子の関係は良好である。
     小林桂樹のラーメン屋で、ラーメンを冷ましている客の夏木陽介を、厨房から司葉子が「窃視」する。85。「裸の窃視」★
     もう一度、司葉子が夏木陽介を「窃視」する。85。「裸の窃視」★
     嫌がる星由里子に、母の杉村春子が、淡路恵子と三橋達也夫婦のために部屋を空けなさいと諭しているとこころを、鍋焼きうどんを食べている淡路恵子と三橋達也がチラリと「窃視」する。80。「負の窃視」。
     離れで、弟子にお花を教えている草笛光子を、三橋達也がガラス戸越しに「窃視」する。80。「物語的窃視」
     店の前で妹の団令子と立ち話をしている高峰秀子を、店の中から三橋達也が「窃視」する。85。「物語的窃視」
     ラーメン屋に入って来た夏木陽介を、淡路恵子と星由里子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     その後、淡路恵子と星由里子にからかわれている夏木陽介を、バイトをしているエプロン姿の司葉子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
     高峰秀子の亡き夫の法事の席で、母の高峰秀子に再婚を勧めた大沢健三郎が、星由里子に「お母さんがいなくなれば勉強しろって言われなくなるからね」とからかわれているところを、高峰秀子がチラリと「窃視」する。80。「物語的窃視」。スター勢揃いの映画となると、「窃視」の状況を説明するのも一苦労である。
     ラーメン屋のテーブルで、ままごとをして遊んでいる娘たちを、父の小林桂樹が「窃視」する。80。「負の窃視」。子供の世話に疲れている。
     多摩川べりで、おてもやんを滑稽に踊っている三橋達也の姿を、近くの料理屋の二階から、淡路恵子、笠知衆、三益愛子が三人で「窃視」する。85。「物語的窃視」
     宝田明が初めて高峰秀子の家に来訪した時、「わたしのところにいいお菓子があるの」と席を立つ草笛光子を、杉村春子が見上げながら「窃視」する。80。「物語的窃視」ないし「負の窃視」
     その直後、みなにお茶を出している高峰秀子の横顔を、宝田明が「窃視」する。90。「裸の窃視」★。宝田明はまじまじと高峰秀子を見つめている。
     ホテルでの司葉子のお見合いの付き添いに来ていた高峰秀子を、宝田明が見つけて「窃視」する。80。「物語的窃視」
     その後、宝田明の車の中で、助手席に座っている高峰秀子が、運転席の宝田明を幾度か「窃視」する。40。「女が階段を上る時」(1960)における高峰秀子から加東大介に対する状況においても検討したが、この場合宝田明は、幾度か高峰秀子の方向へ顔を向けるような仕草をしており、「集中」においてことさら弱く演出されているように見える。
     宝田明のアパートで、雨の滴る窓際で草笛光子が自分の恋愛観を話したあと、振り向いて宝田明を「窃視」する。85。「裸の窃視」★
     星由里子の策略で、司葉子と夏木陽介の二人が喫茶店で引き合わされたシークエンスで、夏木陽介が、「(司葉子が見合いをしても)僕は慌てる理由が無い」と言っているのを、向かいに座っている司葉子が「窃視」する。75。「物語的窃視」
     その後、司葉子にパンをあげたあと珈琲を飲んでいる夏木陽介を、司葉子が「窃視」して笑う。85。「裸の窃視」★。司葉子はまじまじと見つめている。
21    宝田明に息子の家庭教師を紹介してもらうといって立ち上がった高峰秀子を、草笛光子が成瀬目線で「窃視」する。80。「負の窃視」。宝田明と高峰秀子の関係に嫉妬している
22    団令子とその友人の娘が、渋谷の路上で、宝田明を「窃視」する。85。「負の窃視」。宝田明の正体が知れる。
23    実家の一室の会話の終盤「梅子(草笛光子)(宝田明のことを)諦めてくれないかねぇ」と呟いて去って行く杉村春子の後ろ姿を、高峰秀子が一歩前へ出て「窃視」する。80。「物語的窃視」。一歩前へ出る事で空間の「断絶」を埋めている。
24    アパートの階段を上がって行く宝田明を、大家の娘、北あけみが「窃視」する。80。「物語的窃視」
25    大沢健三郎の葬式で、不謹慎にはしゃいでいる三橋達也や加東大介を「窃視」しながら笠知衆が「うちの子供はみなだめじゃ」と呟く。80。「負の窃視」
26    実家の雑貨屋で、客に熱心に商品を勧めている淡路恵子と三橋達也の夫婦を、やって来た三益愛子と小林桂樹の姉弟が「窃視」する。80。「負の窃視」。仕事に熱を帯びている淡路恵子と三橋達也の夫婦に、三益愛子と小林桂樹は「居座りの恐怖」を感じている。
27    嫁の高峰秀子を抜きにして家の将来のことを話している姉兄たちを、司葉子が「窃視」する。75。「負の窃視」
28    路地を歩いていた高峰秀子が、振り向いて、杉村春子と笠知衆夫婦を「窃視」する。85。「裸の窃視」★。

63「放浪記」(1962)

極貧の中、男たちを遍歴しながら放浪を続ける小説家、林芙美子の半生を綴った作品である。林芙美子に高峰秀子、母、田中絹代、父、織田政雄、絡んでくる男たちが仲谷昇、加東大介、宝田明、小林桂樹など。友人に伊藤雄之助、ライバル小説家が草笛光子といったところである。

     大きな荷を担ぎながら前を歩いて行く娘、高峰秀子を、母の田中絹代がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★
     九州から届いた夫(織田政雄)からの手紙を本郷の下宿で読んだあと、夫の心配をする母、田中絹代の後ろ姿を、高峰秀子がチラリと「窃視」する。75。「物語的窃視」
     そろばんをはじきながら九州へ帰る支度をしている田中絹代を、日記を書き終えた高峰秀子がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★。フルショット
     その直後、田中絹代に有り金をすべてやり、「私はひとりで生きて行けるわ」と言って立ち上がった高峰秀子の姿を、母の田中絹代が成瀬目線で「窃視」する。80。「裸の窃視」★
     そのまた直後、窓枠に腰掛けた高峰秀子が、母の田中絹代をチラチラと「窃視」する。80。「裸の窃視」★。フルショット
     ミルクホールで、演劇関係者と名乗る怪しげな男と同席した高峰秀子が、煙草を吸っている男の姿を「窃視」する。70。「負の窃視」
     本郷の下宿に仲谷昇がやって来たとき、二階から階段を下りてゆく高峰秀子のうしろ姿を、加東大介が二階から「窃視」する。85。「物語的窃視」
     その後、同じく二階から加東大介が、高峰秀子と仲谷昇の二人を「窃視」する。80。「物語的窃視」。加東大介は高峰秀子に好意を抱いている。
     同棲している中谷昇が旅館の部屋の窓枠に座りながら今川焼きを食べている横顔を、高峰秀子が「窃視」する。75。「裸の窃視」★。フルショット。
     本郷の、賀原夏子のバーの二階の住み込みの部屋で、机に向って小説を書いている高峰秀子の姿を、同僚の女給が「窃視」する。90。「裸の窃視」★
     その下宿へ加東大介がやって来たとき、路地で高峰秀子と加東大介が、歩いてゆく見知らぬ芸者衆のうしろ姿を「窃視」する。80。「負の窃視」
     宝田明と結婚後、世田谷の貸家で、後方で原稿を書いている高峰秀子を、宝田明が振り返りながら「窃視」する。80。「負の窃視」。夫の宝田明も小説家であり、筆の進んでいる高峰秀子に嫉妬している。
     世田谷の貸家に高峰秀子の母の田中絹代がやって来たとき、田中絹代を無視して家を出て行く宝田明を、高峰秀子と田中絹代が「窃視」する。40。宝田明は不機嫌で体が硬直しており、成瀬映画において「怒り」や「不機嫌さ」は「無防備な身体」をもたらさないからこれは「窃視」ではない。
     世田谷の貸家で、口論をしている夫、宝田明と友人の伊藤雄之助の姿を、高峰秀子がオフオフで「窃視」する。70。「負の窃視」
     高峰秀子が宝田明の家を飛び出したあと、高峰秀子の働いている酒場にやって来て煙草を吸い、ビールを飲んでいる宝田明の姿を、向いに座っている高峰秀子がチラリと「窃視」する。75。「負の窃視」
     高峰秀子が宝田明の家へ戻ったあと、庭先で歌を唄いながら洗濯をしている高峰秀子を、家の中から宝田明が「窃視」する。80。「負の窃視」
     小説家として成功した後、机に肘をかけて眠っている高峰秀子のうしろ姿を、やって来た小林桂樹が「窃視」する。80。「裸の窃視」★

64「女の歴史」(1963)

日中戦争当時から続いて行く女の「一代記」ものであり、夫と子供に先立たれた女、高峰秀子が、男たちのあいだを遍歴しながら、姑の賀原夏子を養い、自活して生きて行く作品である。最初の夫が宝田明、その母が賀原夏子、宝田明の親友が仲代達矢、宝田明と高峰秀子のあいだにできた息子が山崎努、その恋人が星由里子である。

     回想時の結婚式で、新郎新婦(宝田明、高峰秀子)を、賀原夏子が「窃視」する。75。「物語的窃視」
     その後、祝辞に与謝野鉄幹を歌っている仲代達矢を、新婦の高峰秀子がチラリと「窃視」する。80。「裸の窃視」★
     その後、温泉で、床を敷いている女中と、風呂へ行くために着替えている宝田明を、高峰秀子が「窃視」する。「物語的窃視」。新婚初夜の営みの始まりという「物語」が露呈している
     回想後、横の寝床でいびきをかいて寝ている姑の賀原夏子を、高峰秀子が「窃視」する。75「物語的窃視」
     星由利子のアパートの中を、色々と見て回っている山崎努の姿を、星由里子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。星由里子は山崎努の恋人である。
     渋谷の駅で、娘を連れて歩いて来る仲代達矢を、通りがかった高峰秀子が「窃視」する。75。「物語的窃視」。仲代達矢とは十数年ぶりの再会であり、人物の特定、という物語が入っている。
     回想で、賀原夏子の夫の心中が知らされた家で、廊下を去って行く夫、宝田明を見つめている高峰秀子を、賀原夏子が「窃視」する。80。「負の窃視」
     回想中、湯河原の温泉で芸者と心中をした夫の亡骸を、妻の賀原夏子が「窃視」する。60。「物語的窃視」。すぐにすがりついて泣いてしまうので「見ること」において弱い
     アパートでキスをしたあと、仕事に出て行く夫、山崎努の後ろ姿を、星由里子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★。星由里子は一歩前に出て見つめており、時間の「断絶」を生じているといえる。
     霊安室で、息子、山崎努の遺体を、高峰秀子が「窃視」する。60。「物語的窃視」すぐにすがりついて泣いてしまうので「見ること」において弱い
     回想で、子供を産んだ日、高峰秀子の実家の話をしている賀原夏子を、蒲団の中から高峰秀子がチラリと「窃視」する。80。「物語的窃視」。
     回想中、かつての女(草笛光子)からの手紙を妻の高峰秀子に読まれたことを知った宝田明が、家の中に入って来て家事をしている高峰秀子を、成瀬目線で延々と「窃視」する。30。高峰秀子は女からの手紙の内容に怒っていてその身体は硬直しており、宝田明の存在に気付いていながら無視しているのであり、これは「窃視」ではない。
     回想時、蚊帳を挟んで出征の仕度をしている宝田明を、高峰秀子が「窃視」する。80。「負の窃視」。その直前に宝田明の浮気が判明しており、これは夫への疑念の眼差しであって「裸の窃視」ではない。
     その後、出征式で、賀原夏子が歌を歌い出す瞬間、高峰秀子を、宝田明がチラリと「窃視」する。高峰秀子は見られていたことを知り、目を下へ逸らす 80。「裸の窃視」と「物語的窃視」との中間くらい
     回想での東京大空襲のあと、浅草は全滅だと話している兵士たちの姿を、高峰秀子と賀原夏子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     回想時、東京で仲代達矢と再会したあと、疎開先の栃木へ帰って来た高峰秀子が、路地で闇商品を調べている警官を「窃視」し、慌てて身を隠す。80。「物語的窃視」
     その直後、路地でタイヤを転がして走ってくる子供たちを、高峰秀子が振り向き様に「窃視」する。80。「物語的窃視」なしい「欲望の窃視」。
     回想時、疎開先の栃木の家に来て、宝田明の遺影に向って拝んでいる仲代達矢を、高峰秀子がチラリと「窃視」する。80。「物語的窃視」
     その直後、自分の息子と談笑している仲代達矢の姿を、土間で火をおこしながら高峰秀子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★
     その後、眠っている仲代達矢の寝顔を、高峰秀子が「窃視」する。90。「裸の窃視」★
21    回想時、東京の焼け野原のガード下で仲代達矢とキスをしたあと、大人に追いかけられている子供たちの姿を高峰秀子が「窃視」し、仲代達矢の家へ泊まることをやめる。80。「物語的窃視」。自分の息子のことを思い出して外泊を躊躇している。
22    しばらくして、再び東京で、迷子になった息子をやっと見つけた高峰秀子が、見知らぬ少年と話している息子を「窃視」する。80。「物語的窃視」
23    その直後、回想から醒めた高峰秀子が、宝田明の遺影の前でうとうとしている賀原夏子を「窃視」する。80。「物語的窃視」
24    雨の中、星由里子が、泣いている高峰秀子の姿を「窃視」する。90。「裸の窃視」★。高峰秀子の謝罪を拒絶した星由里子が歩き出し、高峰秀子は諦めて星由里子を視線で追うのは止めて反対方向へと視線を移しながら傘の中で号泣する。ここで時間の「断絶」が生じている。そこへ星由里子が振り向いて高峰秀子を見つめる。従ってこれは紛れも無い「窃視」として演出されている。
25    ラストの公園で、近所の年寄りとベンチで話しこんでいる賀原夏子を、高峰秀子が「窃視」する。80。「物語的窃視」

65「乱れる」(1964)

静岡県清水市に店を構える酒屋の嫁である高峰秀子と、高峰秀子の亡き夫の弟である加山雄三と禁断の愛を描いた作品である。

     店で歌を歌いながら仕事をしている店員を、高峰秀子が「窃視」する。80。「負の窃視」。店員は見られていたことを知り驚く
     加山雄三が酔ってスーパーマーケットの社員たちと喧嘩をし、警察でお灸を据えられての帰り道、迎えに来た高峰秀子としばらく歩きながら話をしたあと、去って行く高峰秀子の後ろ姿を加山雄三が「窃視」する。40。加山雄三は高峰秀子の背中に向って声をかけており、それによって高峰秀子の身体の無防備さが消去されるばかりか、加山雄三はすぐに逆方向へと歩き出してしまっており、時間空間の「断絶」が弱く、「窃視」として微妙に撮られている。
     店で仕事をしている店員を、中から高峰秀子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     深夜、麻雀から帰宅し、夜食を食べたあと、階段を上ってゆく加山雄三の後ろ姿を高峰秀子が「窃視」する。95。「物語的窃視」。この時点で高峰秀子は加山雄三の自分への思いに気付いてはおらず、従って未だこれは義姉から義弟に対する眼差しである。
     店のレジにいる高峰秀子を、路地からフーテンの浜美枝が「窃視」する。浜は、目が合うとすぐ目をそらす。85。「物語的窃視」
     配達帰りに大雨に降られて帰って来た加山雄三のびしょ濡れのレインコートを、加山雄三の体に身を寄せるようにして脱がしている高峰秀子の顔を、加山雄三が近距離から「窃視」する。100。「裸の窃視」★。高峰秀子は見られていたことに気付きうろたえる
     その直後、レインコートを着て自転車で配達に出かけた加山雄三の後ろ姿を、高峰秀子が店の奥から外へ出て「窃視」する。80。「裸の窃視」に近付いて行く★。この場合、店の中にいた高峰秀子が外へ出て見つめるという、空間における「断絶」があり、従ってこれは「窃視」である。
     ビールのケースを抱えて裏庭へ入って来て荷を降ろし、庭を出て行く加山雄三の一連の行動を高峰秀子が「窃視」する。40。加山雄三は高峰秀子の存在に気づいているようでもあり「集中」として弱く「窃視」としては微妙に撮られている
     店を閉めての家族会議の日、「ただいま」と店から土間へと入って来た高峰秀子を、部屋の中の加山雄三が「窃視」する。80。「物語的窃視」に近い。高峰秀子が家へ残るのかどうかという「物語」が加山雄三にとって問題となっている。見られていたことを知った高峰秀子は慌てて目を逸らす。場所的にもずれを生じており、「窃視」として撮られている。
     家族会議が終わり、廊下を去って行く高峰秀子の背中を、加山雄三が「窃視」する。90。「物語的窃視」に近い。ここでもまた、高峰秀子が家を出てしまうという「物語」が加山雄三にとって問題となっており、「ただひたすらそのものとして見つめる」眼差しではない。この直前、加山雄三は高峰秀子のいる部屋を出ており、高峰秀子は廊下に未だ加山雄三がいることを知らないことになるように撮られている。実に細かい演出で「窃視」へとこぎつけている。
     夜行列車のドアを開け、車両に入って来た加山雄三の姿を高峰秀子が「窃視」し、加山雄三が気付く前に目をそらす。85。「物語的窃視」。加山雄三が自分を追いかけてきてそこにいる、という「存在の物語」が問題となっている。
     車両で立って雑誌を読んでいる加山雄三を、高峰秀子が「窃視」する。加山雄三は気付いて微笑み返すが、見ていたことを知られた高峰秀子はうろたえて週刊誌へと目を落とす。80。「裸の窃視」★。⑪とは違い、既に高峰秀子は加山雄三の存在を知っており、「物語性」は⑪に比べて希薄になっており、「裸の窃視」へと接近している。
     その後、高峰秀子の姿を、前の方の座席から振り向き様に加山雄三が「窃視」する。80。「裸の窃視」★。高峰秀子は気付いて動揺するが、しばらくして微笑む。
     上野駅で、新婚旅行のカップルを、列車の中から高峰秀子が「窃視」する。80。「欲望の窃視」
     列車の外へ出て、そばを食べている加山雄三を、列車の中から高峰秀子が「窃視」する。80。「裸の窃視」★。加山雄三はすぐこちらを向き微笑む。
     正面の座席で眠っている加山雄三の寝顔を高峰秀子が「窃視」して、泣く。100。「裸の窃視」★

66「女の中にいる他人」(1966)

エドワード・アタイヤの推理小説を映画化したこの作品は、成瀬にとっては始めてのミステリー映画であり、犯人自身が中途で罪を告白してしまうことから映画は、まるでヒッチコックの●「めまい」(1958)のように、ミステリーからサスペンスへと移行する。●「鰯雲」(1958)以来、久方ぶりにスタンダードサイズに戻して撮られており、成瀬も撮りやすそうにしている。

(小林桂樹)と妻(新珠三千代)、そして夫の親友(三橋達也)と、その妻で被害者(若林映子)、被害者の友人(草笛光子)。以上の人物構成を頭に入れて、この作品の「窃視」について見てゆきたい。

     オープニングの小林桂樹は、後ろを警戒しながら、誰かに「窃視」されているのではないかと不安に駆られている。成瀬映画の中で、このように、「見る人不在の窃視」の描写は極めて稀なので、ここで紹介しておくことにする。
     その後、ビアホールの店にいる小林桂樹を、ガラス窓の外から三橋達也が「窃視」したあと、入って来る。75。「物語的窃視」
     その後店の中で、妻に電話をするために立ち上がった三橋達也を、小林桂樹が成瀬目線で「窃視」する。80。「物語的窃視」
     加東大介のバーで、かかってきた電話を取り話している三橋達也の姿を、後方から小林桂樹がチラリと「窃視」する。80。「物語的窃視」
     赤坂のマンションでの事情聴取の次のシークエンス。鎌倉の自宅で、サッシの前で雨降りの庭を見つめている小林桂樹の後ろ姿を、やって来た新珠三千代が「窃視」する。80。「物語的窃視」。夫を呼びに来た、という物語が露呈している。新珠三千代はドアの音をさせながら入って来ているが、物思いに耽っている小林桂樹は気付いておらず、声をかけられて、はっとしている。
     翌朝、朝食のテーブルで、朝刊を見ている母の長岡輝子を、小林桂樹が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     その後、鎌倉の三橋達也の家で、窓際で話している三橋達也を、小林桂樹がチラチラと「窃視」する。75。「物語的窃視」。親友の三橋達也が、自分の犯行に気付いていないか、探りを入れている。
     自宅に帰って来たあと、電話に出ている妻の新珠三千代を、小林桂樹が「窃視」する。80。「物語的窃視」。間違い電話とわかる。
     斎場で、立って庭を見ている小林桂樹の後ろ姿を、座っている新珠三千代がチラリと「窃視」する。80。「物語的窃視」
     その直後、庭を見ている小林桂樹の後ろ姿を、草笛光子が「窃視」する。100。「物語的窃視」。草笛光子は事件の唯一の目撃者。
     草笛光子が以前、小林桂樹と殺された若林映子の二人がマンションから出て来る場面を「窃視」していたことを、回想の画面を交えながら三橋達也に告白する。85。「物語的窃視」
     鎌倉の小林桂樹の自宅にやって来て、子供とおもちゃで遊んでいる三橋達也を、ソファーに座っている小林桂樹が「窃視」する。90。「物語的窃視」。ひょっとして三橋達也は事件の真相に気付いているのでは、という疑念が「物語」として露呈している。
     その直後、今度は三橋達也が、座っている小林桂樹を見上げながら「窃視」する。90。「物語的窃視」。まさかこの男が犯人のわけは、、という「物語」が露呈している。
     温泉で、吊り橋から身を投げて自殺して男について話している温泉客の若者たちを、小林桂樹が「窃視」する。75。「物語的窃視」。
     温泉で、神社にお参りをしている新珠三千代を、小林桂樹が遠巻きに「窃視」する。80。「物語的窃視」。
     温泉での小林桂樹の告白の翌朝、旅館を出てゆく見知らぬ新婚のカップルを、小林桂樹と新珠三千代が「窃視」する。80。「欲望の窃視」
     脳脊髄縁で入院し、眠っている息子を新珠三千代が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     三橋達也の自宅の向かいの邸宅で、ダンスパーティをしている若者たちを、小林桂樹が「窃視」する。80。「欲望の窃視」

67「ひき逃げ」(1966)

息子を司葉子の運転する車にひき逃げされた高峰秀子が、司葉子の家に家政婦として乗り込み、司葉子の息子(平田郁人)を殺して復讐を企図するミステリー映画である。

     食堂でラーメンを食べている息子と戯れている高峰秀子を、出雲八重子ら店員たちが「窃視」する。80。「物語的窃視」
     霊安室で、包帯をまかれて横たえている息子の亡骸を、高峰秀子が「窃視」する。70。「物語的窃視」
     自宅の裏山を登ってゆく近所の子供たちを、ガラス戸越しに高峰秀子が「窃視」する。85。「欲望の窃視」
     法廷で、司葉子の身代わりとなって名乗り出た運転手、佐田豊が執行猶予の判決を言い渡される瞬間を、傍聴席から高峰秀子が「窃視」する(この時点で高峰秀子はまだ、佐田豊が身代わりであることを知らない)80。「物語的窃視」「負の窃視」
     司葉子邸から家政婦と出て行く司葉子の息子、平田郁人の後ろ姿を、偵察に来た高峰秀子が「窃視」する。90。「物語的窃視」
     自宅の裏山を登ってゆく近所の子供たちを、ガラス戸越しに高峰秀子が再び「窃視」する。85。「欲望の窃視」
     家政婦の待機所で、司葉子邸に振り分けられた女を、高峰秀子が「窃視」する。75。「物語的窃視」。自分が代わりに司葉子邸の家政婦になりたい、という「物語」が露呈している。
     司葉子邸で、電気掃除機をかけている高峰秀子を、司葉子の息子、平田郁人が「窃視」する。80。「裸の窃視」★「娘・妻・母」(1960)のあの原節子の電気掃除機の「集中」と同じである。
     司葉子邸で、台所仕事をしている高峰秀子を、司葉子の子供、平田郁人が「窃視」する。85。「裸の窃視」★
     黒沢年男(高峰秀子の弟)からの脅迫電話に出て取り乱している司葉子を、高峰秀子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     目撃者の浦辺粂子が話していた白と黒の縞のスカーフを司葉子がしているのを、高峰秀子が「窃視」する。90。「物語的窃視」
     住み込みとなった日の夜、寝室のベッドで平田郁人に絵本を読んでいる高峰秀子を、ベッドの中の平田郁人がじっと「窃視」する。90。「裸の窃視」★
     橋の上から平田郁人を突き落とそうと考えている高峰秀子が、何も知らない平田郁人の様子を「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい
     キッチンで、仲睦まじくシチューを食べている司葉子と平田郁人の母子を、高峰秀子が「窃視」する。85。「物語的窃視」「負の窃視」。
     台所仕事をしている賀原夏子を、高峰秀子が「窃視」する。80。「物語的窃視」。賀原夏子の存在を確認している。
     ひとりで出かける司葉子に、「きよさん(高峰秀子が使った偽名)の言うことをよく聞くのよ」と言われて頷いている平田郁人を、高峰秀子が「窃視」する。「物語的窃視」。見ていたことを知られた高峰秀子は慌てて目を逸らす。平田郁人が一人になるチャンスを待っていた、という「物語」が露呈している。
     喫茶店を出て行く司葉子と愛人の中山仁を、見張っていた黒沢年男が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     ガス栓を開ける時、眠っている平田郁人を高峰秀子が「窃視」する。90。「裸の窃視」★
     横断歩道の向こう側で本を読んでいる平田郁人を、高峰秀子が「窃視」してから、呼ぶ。85。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間
     公園で密会している司葉子と愛人の中山仁を、タクシーの中から黒沢年男が「窃視」する。85。「物語的窃視」
21    帰宅した小沢栄太郎(司葉子の夫)が、玄関の鍵を閉めている高峰秀子を、振り向き様「窃視」する。75。「物語的窃視」。小沢は高峰秀子を怪しんでいる。
22    ソファーで酒を飲んでいる小沢栄太郎を、ガスをつけながら高峰秀子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
23    その後、会社からの電話に出ている小沢栄太郎の後ろ姿を、高峰秀子が「窃視」する。80。「物語的窃視」
24    寝室のベッドで死んでいる司葉子と平田郁人を、高峰秀子が「窃視」する。90。「物語的窃視」

68「乱れ雲」(1967)

司葉子の夫(土屋嘉男)を車で轢いた加害者である加山雄三と、彼を憎みながらも、少しずつ彼の魅力に惹かれてゆく被害者の妻、司葉子との視線の投げ合いによって進んで行く。その他、司葉子の姉、草笛光子、その夫、藤木悠。

     藤木悠が、来客の飲み残しのビールを飲もうとしているところを、床に入った息子が「窃視」する。90。「物語的窃視」。見られていたことを知った藤木悠がびっくりしている。
     司葉子が霊安室で、夫の土屋嘉男の遺体を「窃視」する。70。「負の窃視」。「死んでいる」という物語が露呈している。司葉子はすぐすがりついて泣いてしまうので、「見つめる」という行為においても弱い。
     葬式に中丸忠雄と一緒にやって来て中へ入ってゆく加山雄三を、土屋嘉男の同僚の通産省の者たちが「窃視」する。70。「物語的窃視」
     葬式で焼香後、玄関から出て行こうとする加山雄三の背中を、司葉子が「窃視」する。加山雄三に「集中」の演出がなく、「窃視」ではない。◆
     役所で遺族年金の説明をしている官吏を、司葉子がチラリと「窃視」する。75。「物語的窃視」
     待ち合わせのレストランで、テーブルに座っている加山雄三の背中を、司葉子が後方から「窃視」する。加山雄三の「集中」の演出が弱く「窃視」ではない。◆
     東京の不動産屋で事務をしている司葉子を、やくざっぽい客が「窃視」する。80。「物語的窃視」
     東京の喫茶店で働いている司葉子を、常連客がカウンターから「窃視」する。80。「物語的窃視」
     宴会で津軽民謡を踊っている加山雄三が、話し込んでいる上司の小栗一也を「窃視」する。80。「物語的窃視」。加山雄三は、自分の過去について話しているのかと疑念に思い、宴会場を出て行ってしまう。
     宴会で酔い、バーのカウンターに寄りかかっている司葉子を、カウンターの奥にいた加山雄三が「窃視」する。70。「物語的窃視」。「見つめる」ことに弱く、また加山雄三はすぐに司葉子に話しかけてしまうので「窃視」としては微妙なところで撮られている。
     十和田湖行きのバスの中で、前の方の座席に座ってパンを食べている加山雄三の後ろ姿を、後部座席に座っている司葉子が「窃視」する。95。「裸の窃視」★。その後二人の目が合い、見ていたことを知られた司葉子が照れくさそうにお辞儀する。
     熱を出して旅館で眠っている加山雄三の寝顔を、看病をしている司葉子が「窃視」する。100。「裸の窃視」★。まじまじと加山雄三の寝顔を見つめる司葉子の瞳には「病状」という物語が消えている。
     山菜取りをしている司葉子を、背後から加山雄三が「窃視」する。100。「裸の窃視」★。まじまじと見つめている。しばらくして声をかけられた司葉子はびっくりして飛び上がる。
     その後、去って行く加山雄三の背中を、司葉子が「窃視」する。100。「裸の窃視」と「物語的窃視」の中間くらいか。司葉子は一歩左へ踏み出して「断絶」を埋めてから、去って行く加山雄三の「背中」を「窃視」している。
     十和田湖で、心中の遺体を引き揚げているボートの作業員達を司葉子が「窃視」する。80。「負の窃視」
     事故で一時、旅館に収容され救急車に運ばれてゆく男と付き添いの女を、旅館の二階から、キスをした直後の加山雄三と司葉子が「窃視」する。90。「負の窃視」。司葉子は成瀬目線を使っている。


番外編

●「心のともしび」(1953・ダグラス・サーク監督)

放蕩成金(ロック・ハドソン)のボート遊びがきっかけで夫を失い、その後失明をした未亡人(ジェーン・ワイマン)を、ロック・ハドソンが身分を隠し、影ながら助けて行くという物語である。「身分違いの恋、男の立身出世と女の自己犠牲、倒産と貧困、偶然による運命の転換、誤解による別離、再会の情動、思い出の場所、仲介者の存在』、といったメロドラマ的要素が見られている。

     カフェに座っているジェーン・ワイマンを、ロック・ハドソンが「窃視」する。80。「物語的窃視」
     湖畔の砂浜で少女と二人でいる盲目のジェーン・ワイマンを、浜の小舟に座ったロック・ハドソンが「窃視」する。80。「裸の窃視」★
     チューリッヒのホテルで再会し、抱擁しあうジェーン・ワイマンとロック・ハドソンの二人を、入ってきたバーバラ・ラッシュが「窃視」する。85。「物語的窃視」
     チューリッヒからアメリカへ帰国後、医師となったロック・ハドソンが尋ねてきた恩師が、会話後、呼び出され出て行くロック・ハドソンの後ろ姿を「窃視」する。80。「裸の窃視」★
     ニューメキシコの病院で眠っているジェーン・ワイマンをロック・ハドソンが「窃視」する。80。「物語的窃視」。「病状」という物語が込められている。
     手術の夜、ベッドで眠っているジェーン・ワイマンをロック・ハドソンが「窃視」する。80。「物語的窃視」
     目を覚ましたジェーン・ワイマンと抱擁しているロック・ハドソンを、オットー・クルーガーが「窃視」したあと、テラスへ出て行く。80。「物語的窃視」

①②⑤⑥でロック・ハドソンからジェーン・ワイマンへと向けられた「窃視」は存在しても、ジェーン・ワイマンからロック・ハドソンに向けられた「窃視」は存在しない。確かに盲目となったあとのジェーン・ワイマンに「窃視」は無理であり、それは置いて進めたい。④⑤⑥などの背中や寝顔の「窃視」などは成瀬映画に良く出てくる現象といえる。「和解」や「解決」が出来事として多く起こり、それが決まって見つめ合う眼差しによってなされている。この作品について言えば、ロック・ハドソンがみずからの正体をジェーン・ワイマンに明かすシーンであるとか、結婚を申し込むシーンという「事件の解決」のシーンが構図=逆構図による視線の切返しによる見つめ合いの眼差しの交換と甘い台詞によって達成されている。そしてその多くにショパンの「別れの曲」などが入って来るのであるが、基本的にダグラス・サークは、見つめ合う瞳と言葉、そしてそこに降りかかる甘いメロディによってメロドラマを撮っているように思われる。映画の途中で、放蕩成金のロック・ハドソンが「改心」し、内緒で寄付をするような人間へ変化するというのも、少なくとも「成瀬的」なるものとはかけ離れている。特に③は、それまではロック・ハドソンを嫌っていたバーバラ・ラッシュが、ロック・ハドソンと「和解」するきっかけとなる重要な「窃視」であるが、このシーンは照明やキャメラの場所等からして、抱擁しあうジェーン・ワイマンとロック・ハドソンを中心に撮られており、バーバラ・ラッシュの「窃視」はあくまでも従として撮られている。加えてこの「窃視」は、叔母のジェーン・ワイマンがロック・ハドソンの来訪に喜ぶの姿を「窃視」したバーバラ・ラッシュが、ロック・ハドソンと「和解」するという出来事を社会的に引き起こすであろうところの、典型的な「物語的窃視」であるといえる。撮影の方向性がここでもまた「見つめ合う眼差し」という物語的方向性(①→②→③→④)によって撮られている。

●「愛する時と死する時」(1958米・ダグラス・サーク監督)

戦場で休暇をもらったドイツ兵(ジョン・ギャヴィン)が、故郷で再会した娘(リロ・プルファー)と片時のロマンスを演じる作品である。

     防空壕でジョン・ギャヴィンとリロ・プルファーが周囲の恐怖に怯えている人々を「窃視」する。70。「物語的窃視」
     防空壕からの帰り道のジョン・ギャヴィンとリロ・プルファーを、陰に隠れた娼婦が「窃視」する。85。「物語的窃視」
     窓枠に腰をかけ、軍隊式にワインを開けようとしているジョン・ギャヴィンをリロ・プルファーが「窃視」する。しかしすぐ視線を合わせてしまう。40
     教会で見知らぬ子供の洗礼をしているのを、ジョン・ギャヴィンとリロ・プルファーが「窃視」する。80。「物語的窃視」

ラブストーリーでもあるこの作品において、ジョン・ギャヴィンとリロ・プルファーとのあいだでなされた「窃視」は③くらいしか存在しない。それも非常に眼差しとしては弱く、すぐ二人は視線を合わせてしまうので、果たしてサークは「窃視」として演出したかは微妙である。瞳と瞳とを「窃視」を通じての身体性としての関係で撮っていこうとする意志はダグラス・サークにはなく、また「窃視」が、物語の何か重要なきっかけとなることもない。多くの場合、彼の映画は「見つめ合う視線」と言葉のエモーションによって綴られて行くのだ。

●「悲しみは空の彼方に」(1958・ダグラス・サーク監督)

海水浴で迷子になった娘を捜す女(ラナ・ターナー)と、その写真を盗み撮りする男(ジョン・ギャヴィン)、そして迷子の娘を保護していた黒人の女(ファニタ・ムーア)と娘との、偶然の出会いと別れを描いたダグラス・サーク、アメリカ最後の作品である。物語としては『母子の別れ、貞操を失った少女の転落、倒産と貧困、偶然による運命の転換、再会の情動、思い出の場所、仲介者の存在』、といったメロドラマ的要素が見えている。

     海水浴場で迷子になった娘を捜しているラナ・ターナーを、ジョン・ギャヴィンがキャメラのレンズ越しに「窃視」する。90。「裸の窃視」★
     海水浴場から帰ろうとする時、母であるファニタ・ムーアに泣きついている娘(カレン・ディッカー)をラナ・ターナーが「窃視」する。
     エージェントのロバート・アルダとの電話に夢中になっているラナ・ターナーを、玄関のドアの付近からジョン・ギャヴィンが「窃視」する。60
     手首を切り、ベッドで眠っている娘をラナ・ターナーが「窃視」する。80。「物語的窃視」。
     初舞台で喝采を浴びているラナ・ターナーを、ジョン・ギャヴィンが客席から「窃視」する。80。「裸の窃視」★
     応接間で揉めているラナ・ターナーと演出家のダン・オハーリーを、家政婦のファニタ・ムーアが「窃視」する。
     久々にジョン・ギャヴィンと再会したスーザン・コーナーが、キッチンから出て行くジョン・ギャヴィンとラナ・ターナーの後ろ姿を「窃視」する。85。「負の窃視」
     仮病を使って残ったスーザン・コーナーが、ピクニックに出かける家族たちを二階の窓の陰から「窃視」する。85。「物語的窃視」
     その後帰宅したスーザン・コーナーが、キッチンのガラス越しに母のファニタ・ムーアの姿を「窃視」する。80。「物語的窃視」
     家を密かに出て行こうとするスーザン・コーナーが、黒人メイドの姿を「窃視」する。80。「物語的窃視」
     馬に乗っているジョン・ギャヴィンとサンドラ・ディの二人を、スーザン・コーナーが二階の窓から「窃視」する。80。「物語的窃視」
     白人のナイトクラブで踊っている娘のスーザン・コーナーを、母のファニタ・ムーアが隠れて「窃視」する。80。「負の窃視」
     その直後、舞台裏で男と話しているスーザン・コーナーを、ファニタ・ムーアが「窃視」する。80。「負の窃視」
     ロサンゼルスのナイトクラブで踊っているスーザン・コーナーを、客席からファニタ・ムーアが「窃視」する。80。「負の窃視」
     ベッドで眠ってしまったファニタ・ムーアをサンドラ・ディが「窃視」する。80。「裸の窃視」★
     車から降りてキスをしているジョン・ギャヴィンとラナ・ターナーの二人をサンドラ・ディが二階の窓から「窃視」して失望する。85。「負の窃視」
     その直後、家の中に入ってきたラナ・ターナーを、サンドラ・ディが二階から「窃視」する。80。「物語的窃視」
     葬式で棺にすがりつくスーザン・コーナーを、ラナ・ターナー、ジョン・ギャヴィン、ランドラ・ディが「窃視」する。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらいか
     車の中で抱き合う女たちを、ジョン・ギャヴィンが「窃視」し、微笑む。80。「物語的窃視」と「裸の窃視」の中間くらい

非常に多くの「窃視」が存在している。①④⑤⑮⑱⑲などが「裸の窃視」と言いうるものであり、①③⑤⑲はジョン・ギャヴィンからラナ・ターナーへと向けられた「窃視」だが、ラナ・ターナーからジョン・ギャヴィンに向けられた「窃視」は存在しないのは、●「心のともしび」にジェーン・ワイマンからロック・ハドソンへと向けられた「窃視」が存在しなかったことと何か関係があるのだろうか。だがこの作品のターナーは盲目というわけでもなく、ターナーのジョン・ギャヴィンへの「窃視」があっても良さそうなものだが、それがないということは、サークは「窃視」を成瀬的「身体性」における「関係」としては使っていないことを現している。母と娘の幾度かの「和解」シーンその他「解決」のシーンはすべて、「見つめ合う視線」と言葉、そして甘いメロディによって主導されており、決して「窃視」というずれた視線によって誘導されてはいない。「窃視」はあくまで①→②→③→④の物語の流れを補強するものではあっても決して逆流するものとして使われていないのだ。