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フリッツ・ラング内側からの切り返し表。題名にはYouTubeで検索しやすいように原題を書いておきます。数字はすべておおよそです。
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正面表(人物が映画内でキャメラを正面から見据えたショットの数 |
分断表(内側からの切り返しによる分断) | |
1919 | 蜘蛛/第一部:黄金の湖 THE SPIDERS Episode One The Golden Sea |
16。クローズアップ等ではっきり正面を見ているのは4。 | なし。切り返しそれ自体が、メキシコから帰って来た主人公の屋敷に敵の女スパイがやって来たシークエンスで初めて使われていて、分断の域まで到達していない。 |
ハラキリ HARAKIRI |
9。遠景でちらちらと見ているのが多い。クローズアップではっきり見ているのは2ショット。 | なし。1シーン1ショットが殆ど。切り返し自体が存在しない。 | |
1920 | 蜘蛛/第二部:ダイヤの船THE SPIDERS Episode Two The Diamond Ship | 15。はっきり見ているのは4ショット。 | なし。この頃から切り返しを使い始めるが内側からの切り返しによる分断はなし。 |
1921 | 死滅の谷 DER MUDE TOD |
14。 | 1箇所。映画開始後、恋人たち(ワルター・ヤンセンとリル・ダーゴヴァー)の乗っている馬車に死神(ベルンハルト・ゲッケ)が乗り込んでくるシーンでの3人のあいだは、恋人たちが身を乗り出して死神を見つめるショットから死神が馬車に乗り込んでくるまで20ショット撮られているが、死神と恋人たちのあいだはすべて内側からの切り返しによって分断されそのまま終わっている。 |
1922 | ドクトル・マブゼ・第一部 DR. MABUSE, DER SPIELER) |
42 | 2箇所 ①劇場のボックス席でマブゼ博士(ルドルフ・クライン=ロッゲ)が金持ちの息子(パウル・リヒター)に超能力をかけるとき、マブゼがキャメラを正面から見据えるクローズアップが撮られながら内側から切り返され続け6ショット目の縦の構図で両者が同一画面に収められるが、奥の青年はロングショットで「その人」とは特定できない(『奇妙な同一画面』)。わずか6ショットだが、女優のダンスに狂喜する劇場内の空間から断絶されたマブゼのキャメラを正面から見据えるクローズアップによるサスペンスの高揚が分断の性向を際立たせている。 ②カジノで検事ベルンハルト・ゲツケが博士と向かい合ってポーカーをする時、検事に催眠術をかけようとする博士と検事とのあいだが5分ばかりのあいだ内側から切り返され35ショット目で『正常な同一画面』に収まるまですべて内側からの切り返しによって分断されている。次第に周囲が暗くなり両者がキャメラを正面から見据えるショットが何度も撮られたこのシークエンスは強い分断の傾向に支配されている。 ③伯爵夫人が愛の力について力説するシーンで夫人と博士とのあいだは、最初に『正常な同一画面』に収まってから10ショット目で再び『正常な同一画面』に収まるまですべて内側からの切り返しによって分断されている。4さらにそのまま博士が『愛など存在しない、あるのは力への意志だけだ』と夫人の夫アルフレート・アーベルに催眠術をかけるシーンは「意志の力を証明して見せようか?」と博士が言った後、博士と夫人とが『正常な同一画面』に収められているが、ここでの分断の対象は夫人ではなく夫のアルフレート・アーベルであり、ここからキャメラは博士・夫人の2人と夫とのあいだで内側から切り返され、夫がいかさまを見破られたのを見て失神した夫人を博士が抱きかかえて出て行くまでの11ショット、博士と夫人とは幾度か『正常な同一画面』に収まっていながら博士と夫とのあいだはすべて内側からの切り返しによって分断されそのまま終わっている。キャメラを正面から見据える博士のアイリスで囲まれた大きなクローズアップが挿入されているこのシーンもまた強い分断の性向によって撮られている。 |
ドクトル・マブゼ・第二部 | 25 | 1箇所。 舞台に上がって来た検事ベルンハルト・ゲツケにマブゼ博士(ルドルフ・クライン=ロッゲ)が催眠術をかけるシーンは、途中の検事の回想を除くと最初に2人は『正常な同一画面』に収まっているが、3ショット目では検事と博士の「手だけ」が同一画面に収められ(『奇妙な同一画面』)、そこから13ショット目に『正常な同一画面』に収まるまですべて内側からの切り返しによって分断されている。ここでもキャメラを正面から見据えたマブゼのクローズアップが何度も撮られており、強い分断の性向が見られている。 |
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1924 | ニーベルンゲン・第一部 DIE NIBELUNGEN: SIEGFRIED |
39 | 5箇所 ①映画が始まってすぐ、刀を鍛造しているジークフリート(パウル・リヒター)とそれを見守っている鍛冶屋の師(ゲオルク・ヨーン)とが13ショット目で『正常な同一画面』に収まるまですべて内側からの切り返しによって分断されている。 ②ジークフリートが竜を倒すシークエンスでは、ジークフリートが竜を確認してから接近し11ショット目で同一画面に収まるまですべて内側からの切り返しによって分断されている。 ③ギュンター王(テオドール・ロース)がブルンヒルト女王(ハンナ・ラルフ)と槍を投げ合うシーンでは、2人が距離を取ってから31ショット、すべて内側から切り返されそのまま終わっている。24ショット目でキャメラを正面から見据える王女の目のクローズアップが撮られているこのシーンには、分断の性向が見出されている。やや強。 ④王女が窓から顔を出し、出征するジークフリートに別れを告げるとき、4ショットすべて内側から切り返されそのまま終わっている。2人の最後の瞬間である。 ⑤王の臣下アーダヘルト・シュレットウが槍を投げてジークフリートを刺し殺すシーンは、泉まで競争する二人が「よーいどん」で走り出し、2ショット『正常な同一画面』に収まった後の最初のショットで画面の手前で臣下が左へ走り去って行ったあと、右からジークフリートが画面の中に入って来るという『持続による同一存在の錯覚』が撮られ、それを含めて槍がジークフリートの背中に刺さるまで(外部の空間のショットを除いて)12ショット、2人のあいだは分断され続けている(ただし2人の距離は大きく隔たれている)。 |
ニーベルンゲン・第二部 THE VENGEANCE OF KRIEMILD DIE NIBELUNGE |
89ショット | 5箇所 ①部屋に入って来たクリームヒルトがジークフリートの仇アーダヘルト・シュレットウを殺せと王ルドルフ・クライン=ロッゲに迫り、客人は殺せない、と拒絶されるシークエンスで2人のあいだは、最初と4、10、11、12、13、19ショット目で同一画面に収められているが手前の人物が後ろ姿で「その人」と特定できず(『奇妙な同一画面』)、5、6、9ショット目で2人は『正常な同一画面』に収められている以外は内側から切り返され19ショット目で終わっている。キャメラを正面から見据えるショットも多く撮られているものの3つの『正常な同一画面』の入っているこのシーンが果たして分断の性向に満たされているかはひとまず置くとしてここで検討されるのは外側からの切り返しであり。ここでは10、11、12、13、そして最後の18ショット目が外側からの切り返されている。 「外側からの切り返し」とは、手前の人物を後ろから、奥の人物を前から切り返して同一画面に捉えたショットであり、後ろから撮られた者は多くの場合顔が見えないことから「その人」と特定することはできず、横から切り返されでもしない限り『奇妙な同一画面』になることが多い。クリームヒルトと王との4度撮られた外側からの切り返しは手前の人物が後ろを向いていることから『奇妙な同一画面』として撮られることになる(マイケル・マン「ヒート」(1995)におけるレストランでのアル・パチーノとロバート・デニーロとの外側からの切り返しのように)。「外側からの切り返し」は確かに『奇妙な同一画面』だが、手前の人物を真後ろから撮ると奥の人物の顔が隠れてしまうことから必然的に正面ではなくやや斜めから切り返して撮らざるを得ない。そうすることで外側からの切り返しは「キャメラを正面から見据えるショットを放棄すること」によって成り立つ切り返しということになる。この論文で検討した『奇妙な同一画面』の中にも外側からの切り返しと評価しうるものは含まれているが、何度も連続して外側から切り返されたものは殆どない。「内側からの切り返し」とは「外側から切り返さない」ことであり『奇妙な同一画面』であってもそれが外側から切り返された結果として生ずるものであるとき「内側からの切り返し」によってもたらされる数々の効果を失わせることになり、分断の性向は弱まることになる。 ②クリームヒルトに命令されたフン族の家来たちが仇の武将ハンス・アーダヘルト・シュレットウを洞窟のような空間で襲いに行くシークエンスでは、武将と家来たちとが16ショットすべて内側から切り返されそのままシークエンスは終わっている。地面を這って接近して来る家来たちの異様な動物性が分断の性向を際立たせている。第二部の2、27分③城の上から顔を出した弟と地上に立っているクリームヒルトとのあいだは、10ショットすべて内側から切り返されそのまま終わっている。最初のクリームヒルトとはロングショットで遠くの位置にいるが2ショット目からは弟と同じフルショット程度まで接近して撮られそのままこのシーンは終わっている。 ③城の上のクリームヒルトと地上で死体を抱えている弟とは、2人だけのあいだに限ると8ショット続けて内側から切り返されそのまま終わっている。しかし両者のあいだには距離的開きがあり、二人を仮に同一画面に収めたところでそれは必然的に『奇妙な同一画面』にならざるを得ず、そうした空間に分断性の意志を見出すことは基本的にはできない。だがその遠い距離を分断の性向によって狭めた場合、それは心理的空間の狭まりとなり、空間的不明確性を獲得して分断の性向を見出すことができる。ここで多くの切り返しは2人の近景からなされ、かつキャメラを正面から見据えるクリームヒルトの背景を暗くしたクローズアップが挿入されるこの関係には内側からの切り返し、キャメラを正面から見据えること、空間的不明確性を見出すことも可能である。 ④クリームヒルトが階段を挟んで仇の武将と対峙する時、最初2人はクリームヒルトの後ろ姿を手前にした同一画面に収められているが(『奇妙な同一画面』)、その後の8ショットはすべて内側から切り返されてそのまま終わっている。このシーンでの2人は遠距離で対峙しており、最初のショットで2人の遠い位置関係が撮られているが、その後のショットは次第に寄っていき、クローズアップは撮られていないものの全体的ショットを撮ることのないままシーンを終えていることからして、分断の性向としてはやや弱いもののここに提示することにする。 ⑤クリームヒルトが縛られた夫の仇と向き合った時、最初と7、8、9ショット目で2人は同一画面に収められているがクリームヒルトが後ろ姿で「その人」と特定できず(『奇妙な同一画面』)、最後の20ショット目で一瞬『正常な同一画面』に収められるまで他の者たちのショットも挟まれながらすべて内側から切り返されている。人物が何度かキャメラを正面から見据えるショットの撮られたこのシーンでは視線がずれているように見える切り返しが幾つかあり、特に最後の仇のアーダヘルト・シュレットウの視線と、切り返されて彼に斬りかからんとするクリームヒルトのややキャメラの右を見ている視線とがはっはりずれている(イマジナリーラインの破壊)。 |
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1927 |
メトロポリスMETROPOLIS 120分版。 |
96。クローズアップでキャメラを正面から見据えるショットも多い。 |
7箇所。ある特定の時点まで2人の人物が周到に分断されている。
②地下の集会にて 次に二人が同一の空間に現れるのは地下で行われる労働者の集会の現場である。ここに、労働を体験し疲れ果てたグスタフ・フレーリヒが作業着姿で入ってくる。最初、グスタフ・フレーリヒの背後からの大きなロングショットでグレーリヒとブリギッテ・ヘルムが縦の構図の同一画面に収まるが、ロングショットなのではっきりと二人と断定することはできない。物語の流れから推測するならばこのロングショットに映し出されているのはブリギッテ・ヘルムとグスタフ・フレーリヒの二人と推測することは可能だが、実際遠くからのショットであり事実として「この二人」であるという確証はどこにもない(『奇妙な同一画面』)。そこからキャメラは2人のあいだを幾度か内側から切り返されたあとフレーリヒが跪(ひざまず)く。ここで崖の上に登って来たアレフレート・アーベルとルドルフ・クライン=ロッゲの俯瞰からの見た目のショットが見下ろす超越的視点においてブリギッテ・ヘルムとグスタフ・フレーリヒとが同一画面に入ったように見えるが、これもまた最初の縦の構図と同様、ロングショットなので二人を「この二人」とはっきりと特定することはできない(『奇妙な同一画面』)。ここまで8ショット、ヘルムとフレーリヒとのあいだは1の地上の楽園から未だ分断され続けている。
ひとり集会所に残ったブリギッテ・ヘルムが博士のルドルフ・クライン=ロッゲに懐中電灯で追い詰められるシーンは時間にして3分半、その中で二人が同一画面に入ったのは6ショット目、ヘルムとロッゲの「影だけ」が同一画面に収まり(『奇妙な同一画面』)、12ショット目にロッゲの右手の手袋をはめた義手とヘルムとが一瞬同一画面に入るが早すぎて肉眼では確認できない(『奇妙な同一画面』)。初めてロッゲの姿がそれとわかるように撮られたのは22ショット目で、懐中電灯をこちらに向けてキャメラを真っ直ぐに見ているロッゲのクローズアップが内側からの切り返しによって入った時である。この前後のヘルムはキャメラの左側を見ているのでイマジナリーラインは完全にずれている。さらに24ショット目で2人は同一画面に収まるがロングショットでかつ二人は暗い地下道を全速力で走っていて二人の顔をはっきりと確認することはできない(『奇妙な同一画面』)。さらに34ショット目で二人は外側からの切り返しによって縦の構図のロングショットで同一画面に収まるが手前のロッゲが後ろ姿なので「ロッゲその人」という確証はどこにもなく(『奇妙な同一画面』)、そのままシークエンスは1ショットの『正常な同一画面』もなく終わっている。
⑤地下の集会で労働者たちを煽動する偽ブリギッテ・ヘルムにグスタフ・フレーリヒが「お前はマリアじゃない」と指を差すシークエンスにおいてフレーリヒとヘルムとはヘルムが退場するまでのおよそ30ショット、すべて内側からの切り返しや労働者との乱闘シーンによって分断されている。労働者とヘルム、労働者とフレーリヒとは同一の画面に入っているのにヘルムとフレーリヒだけは決して同一画面に収まることはなくそのままシークエンスは終わっている。なお、ここでもヘルムとフレーリヒは二人ともキャメラの左側を見ていてイマジナリーラインはずらされている。
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1928 | スピオーネSPIONE | 38ショット 敵のボス(ルドルフ・クライン=ロッゲ)が出のショットでいきなりロッゲの大きなクローズアップでキャメラを正面から見据えている。 | 4箇所 フリッツ・ラングがドイツ時代に「メトロポリス」(1926)の次に撮った「スピオーネ」における内側からの切り返しによる分断は以下のとおりである。この作品は極めて多くの内側からの切り返しがなされていてこれら以外にも単純に「内側からの切り返しによる分断」を見出すこともできるが、その中でも「奇形的=意図的に分断を志して撮られたと見られるシーン」を抽出している。 ①犯罪組織のボス、ルドルフ・クライン=ロッゲと、浮気をネタに日本の情報を取って来いとボスに脅される夫人ヘルタ・フォン・ヴァルターとのあいだは、夫人が椅子に座ってから見てみると、最初のショットで2人は『正常な同一画面』に収められた後、4ショット目でも夫人とボスが同一画面に収められているがボスが後ろ姿なので「その人」と特定できず(『奇妙な同一画面』)、その後(イメージ映像が入るものの)7ショット目と22ショット目で『正常な同一画面』に収められる以外はすべて内側から切り返されている。ボスがキャメラを正面から見据えるショットが幾つか入りイマジナリーラインも所々でずれているこのシーンは、それなりの性向でもって分断がなされているものの『正常な同一画面』に挟まれている点で確固たる分断の意志までも見出すことはできない。 ②酒場のテーブルで酒を飲んでいるヴィリー・フリッチュのところへ日本人外交官のマツモトが現れたシーンでは、最初のショットでフリッチュとマツモトの「手だけ」が同一画面に収まって始まり(『奇妙な同一画面』。ちなみにこの場合、フリッチュとマツモトの2人の「手だけ」ではなくマツモトの「手だけ」という意味である。2人の「手だけ」の場合『フリッチュの「手だけ」とマツモトの「手だけ」』と書く)、そこから5回内側から切り返されたあと、手前のマツモトの後ろ姿と奥のアーフリッチュが同一画面に収められ(『奇妙な同一画面』)、さらに今度はテーブルに伏して泣いているフリッチュとマツモトが同一画面に収められているがフリッチュは顔を腕に埋めているので「その人」と特定できず(『奇妙な同一画面』)、さらに次のショットではキャメラはフリッチュの後ろから=外側から切り返されるが、手前のフリッチュは伏したままなので「その人」と特定することはできずそのままシークエンスは終わっている。全9ショットの内、内側からの切り返しが5つ、『奇妙な同一画面』が4つ、そのままシークエンスは終わっている、、これは偶然このように撮られたのだろうか。「偶然」とは、まずフリッチュがテーブルに伏して泣くことが演出として思考され、そのままキャメラを切り返して撮ったところ偶然にも『奇妙な同一画面』が撮れてしまった、、ということである。ここだけを初めて見ればそう結論付けることも可能かもしれない。しかし、、、 ③銀行の隠し部屋の椅子に縛られた女ゲルタ・マウルスと机に座っているボスとのあいだは(何度か挿入される外部のショットを別にすると)、最初の2つのショットで女とボスは同一画面に撮られているが女は後ろ姿で「その人」と特定することはできず(『奇妙な同一画面』)、そこから内側からの切り返しが9ショット続いた後、12ショット目では部屋を出て行くためにキャメラの前を横切るボスと椅子の女とが同一画面に収められている。しかしボスの姿はぼやけていて「その人」と特定することはできず(『奇妙な同一画面』)、さらに持続したそのショットにおいて椅子の女と、その背後の壁に部屋を出て行くボスの「影だけ」が同一画面に収まるというショットまで撮られていて(1ショットで2つ目の『奇妙な同一画面』)そのままこのシークエンスは終わっている。部屋の外のショットと平行モンタージュ的に編集されているので見失いそうになるシーンだが、ボスがキャメラを正面から見据えるショットも入るこのシーンは、全12ショットの内、内側からの切り返しが9ショット、残りの3ショットで『奇妙な同一画面』が4つ存在するという、実に珍しい分断の瞬間を体験することができる。これは偶然なのか。 ④ラストシーンの道化の舞台のシークエンスでは、舞台の上のボスと観客席、楽隊のボックスで銃を構える捜査官たち、そして部隊の袖の捜査官たちとが何度か切り返される。17ショット目で舞台の上のボスと奥の観客席とが縦の構図で同一画面に収められているが、ボスは後ろ姿で「この人」と特定はできず(『奇妙な同一画面』)、それ以外の36ショットはすべて内側から切り返されて分断されそのまま映画そのものが終わってしまっている。楽隊のボックスで銃を構える捜査官や舞台の袖の警察署長クレイグホール・シェリーなどがキャメラを正面から見据え、追い詰められたボスがキャメラを正面から見据え大笑いしながら果てていく、『正常な同一画面』の1ショットも撮られていないこのラストシーンは極めて奇形的なショットの連鎖によって分断されている。 |
1929 | 月世界の女 DIE FRAU IM MOND |
69ショット | 2箇所。
①回想で教授クラウス・ポール・マンフェルトが学会で月には金が埋蔵されている主張して笑われるシークエンスでは、壇上の教授と客席の学者たちとが28ショットすべて内側から切り返され、そのままシークエンスは終わっている。ここでは観客のキャメラを正面から見据えたクローズアップ等、正面からキャメラを見据えるショットが多く撮られていて分断の性向が強い。 ②企業の使者フリッツ・ラスプがヴィリー・フリッチュを拳銃で脅迫しながら契約を迫るシーンは、最初と最後に『正常な同一画面』が撮られたほかは、7ショット目にフリッチュと死者の「手だけ」が同一画面に収められ(『奇妙な同一画面』)、その他の9ショットはすべて内側から切り返されている。クローズアップでないにしても両者のキャメラを正面から見据えるショットが幾つか撮られたこのシーンは、最初と最後の『正常な同一画面』の「正常さ」が弱さとなっているもののそれなりの分断の趣旨を見出せないわけではない。 |
1931 | M M - EINE STADT SUCHT EINEN MORDER |
31ショット。はっきりは以下の通り。 ●序盤の少女殺人事件の後、丸いテーブルに座っている男たちが立ち上がり「お前が犯人だ」と向かいの男を誣告し言い合うウエストショット ●路上で女の子に声をかけて疑われた小男が大男の方を見上げて弁明するショット ●警察の二人の目撃者が、女の子の被っていた帽子の色を「赤だ!」「いや、緑だ!」と口論する時のそれぞれのクローズアップが4ショット ●女の子に背中のMを拭きとってもらっているときピーター・ローレが突如振り向いてキャメラを正面から見据える。フルショットながら強烈。 ●地下の裁判でローレや群衆が何度もキャメラを正面から見据えている。 |
2箇所。 ①果物を食べているピーター・ローレとショーウィンドウに反射する女の子とのあいだは6ショットすべて内側から切り返されそのまま終わっている。 ②地下での犯罪者たちによる裁判シーンでは、ピーター・ローレが群衆に気付いてから5ショット目で、ピーター・ローレと彼を裁く側の群衆とが『正常な同一画面』に入って以降、弁護士の演説を含めてピーター・ローレと群衆とのあいだは67ショットすべて内側からの切り返しによって分断されそのままシークエンスは終わってしまっている。この67という数字はこれまでの新記録となる。多くのショットでピーター・ローレと犯罪組織のボス、グスタフ・グリュンドゲンスや群衆の者たちがキャメラを正面から見据えているこのシークエンスは、やや斜めからの切り返しが多いものの分断の性向が顕著に現れている。ここでは弁護人席の場所が全体像としてまったく不確かに撮られており、階段を正面から見た時、ピーター・ローレは階段の右の方へ突き飛ばされたにもかかわらず、突き飛ばされた先の弁護人席は階段の左方向にあるらしく、ここから一切の場所的全体像なしに内側から切り返され続けるピーター・ローレと群衆との関係は、多くのキャメラを正面から見据えている者たちの、合っているのかいないのかわからないイマジナリーラインにおける内側からの切り返しによって極めて奇形的な分断状態に置かれている。 |
1932 | 怪人マブゼ博士 DAS TESTAMENT DES DR. MABUSE |
52ショット。はっきりは以下など。 ●入院中のベッドで動きを止めたマブゼ(ルドルフ・クライン=ロッゲ)がキャメラを真正面から見据える大きなクローズアップ。 ●マブゼの遺体の前で彼の偉大さを熱弁する教授オスカー・ベレギと刑事オットー・ヴェルニッケとの切り返しで、キャメラを真正面から見据えるクローズアップ、ウエスト・ショットが幾度も撮られている。 ●マブゼの死後、教授がマブゼの分身と合体するシーンでは、目を閉じてマブゼの声を聴いている教授にキャメラがクローズアップまで接近し、教授の目がゆっくりと開かれると二つの目はキャメラを正面から強烈に見据える。その後マブゼの分身から切り返された教授はさらに大きなクローズアップでキャメラを正面から見据えている。 |
2箇所 ①教授オスカー・ベレギが、現在精神病院に収監されているマブゼ博士についての講義をするシーンにおける教授と受講生たちのあいだは、最初に教授の姿が映し出され2ショット目の俯瞰からのロングショットで受講生たちと教授のデスクとが同一画面に収められているものの、デスクに教授の姿はなく(世にも『奇妙な同一画面』)、その後14ショットのあいだ教授と受講生とのあいだはすべて内側からの切り返しによって分断されそのままこのシークエンスは終わっている。教授がやや遠景ながらも頻繁にキャメラを正面から見据えて講義をしているこのシークエンスは、マブゼ博士についての異様な講義内容と相まって作品のサスペンスの始まりを露呈させている ②マブゼの遺体の前で彼の偉大さを熱弁する教授オスカー・ベレギと彼の向かいに立っている刑事オットー・ヴェルニッケとのあいだは、それまで横から「平凡に」撮られていた2人の『正常な同一画面』が突如、教授がキャメラを真正面から見据えるショットへと切り返され、さらにまた警部がキャメラを正面から見据えるクローズアップへと切り返されながら12ショット目で再び『正常な同一画面』が撮られるまですべて内側からの切り返しによって分断されている。遺体安置所という狭い空間で二つの客観的な『正常な同一画面』に挟まれたこの分断の時空は多くがキャメラを正面から見据えたショットによって分断されそれまでの時空とはまったく異次元な心理的時空へ転換されている(心理的閉塞性)。 |
1934 | リリオムLILIOM) (仏) |
55ショット。 | 2箇所。どちらも今一つ。 ①映画の冒頭、客の呼び込みをしているシャルル・ボワイエと切符売り場の女ボス、フロレルとのあいだは、99ショット目で『正常な同一画面』におさめられるまでずっと分断されている。大勢の人物たちが広い空間において存在するこのシークエンスにおいて2人を意図的に分断する意志があるかどうか今一つ定かではない。 ②天国の警察署長アンリ・リシャール?とシャルル・ボワイエとのあいだは『正常な同一画面』→内側からの切り返し→『正常な同一画面』→内側からの切り返し、と繰り返されている。2人がキャメラを正面から見据えるショットが多用されているこの一連の切り返しでは、確かに奇形的なショット同士の切り返しではあるものの、『正常な同一画面』と内側からの切り返しとのあいだに空間的断絶の見ることはできず、やや凡庸なものとして現れている。 |
1936 | 激怒 FURY |
28ショット。ちらちら見ている。検事なども。以下ははっきりキャメラを正面から見据えたクローズアップ。
●独房から顔を出したスペンサー・トレイシーを見たシルヴィア・シドニーの、キャメラを正面から見据える大きなクローズアップ。 ●リンチから逃げ帰ってきて弟たちに決意を語るトレイシーのキャメラを正面から見据えるクローズアップが長回しで。●法廷から逃げようとして走って来たブルース・キャボットがショット内モンタージュでクローズアップになったところでキャメラを正面から見据えて立ち止まる。 |
なし。 |
1937 | 暗黒街の弾痕 YOU ONLY LIVE ONCE) |
12ショット以上。はっきり見ているのは以下。●序盤、ヘンリー・フォンダが出所する時、鉄格子越しに顔を出したシルヴィア・シドニーにキャメラが接近したバスト・ショットがキャメラを正面から見据えている。●有罪になった後、フォンダが独房の中から看守に向かって叫んでいる時のバスト・ショット。●独房でフォンダが布団の下の拳銃を探す右の④のシーンでは、外から小窓を通して見ている看守とフォンダとがキャメラを正面から見据えているショットが10ショットありその内6ショットがクローズアップではっきりと見ている | 6箇所。 ①ホテルの管理人夫婦(チャールズ・チック・セールとマーガレット・ハミルトン)がヘンリー・フォンダに出て行ってくれというシーンで夫婦とフォンダのあいだは。6ショット目と8ショット目で同一画面に収められているがフォンダは後ろ姿のため「その人」と特定はできず(『奇妙な同一画面』)、それ以外は11ショット目でフォンダがドアを閉めるまですべて内側から切り返されそのまま終わっている。 ②面会室でヘンリー・フォンダがシルヴィア・シドニーに「銃を持ってこい」と言うシーンにおける2人のあいだは、最初のショットで画面に中に入って来たフォンダと窓の外のシドニーとが同一画面に収められていて、斜め後方から撮られたフォンダはかろうじて「その人」と特定できる(『正常な同一画面』)が、最後のショットで立ち上がったフォンダは後ろ姿で「その人」と特定できず(『奇妙な同一画面』)、あとの10ショットはすべて内側から切り返されている。 ③鉄格子の陰影が強烈な独房で(まるで「羊たちの沈黙」(1991)・ヘンリー・フォンダがカップで手首を切る時の看取グイン・ウィリアムズとのあいだは、食事を持って来た囚人ウォーレン・ハイマーが出て行ったあとフォンダのクローズアップが撮られてから29ショット目で看守が独房の中に入って行くまですべて内側から切り返されそのまま終わっている。フォンダの倒れているショットも看守がフォンダを助けるショットもまったく撮られていない。 ④独房のベッドで寝ているフォンダが布団の中から拳銃を取り出すシーンでの、独房の外から小窓を通してフォンダを見ている看守イーサン・レイドローとのあいだは、14ショットすべて内側から切り返されそのまま終わっている。小窓を通して二人の同一画面を撮れたかどうかは疑問だが、大部分がキャメラを正面から見据える大きなクローズアップとマットの下で拳銃を探っているフォンダの手のクローズアップで一つのセリフもなく切り返されるこの空間は、内側からの切り返し、キャメラを正面から見据えること、空間的不明確性、心理的閉そく性、そしてセリフの不在という、内側からの切り返しによる分断の効果によってサスペンスを作り上げている。 ⑤ガソリンスタンド強盗をしている時のシルヴィア・シドニーと店員たち【アル・ヒル(左側)、ウォーリー・マハー(右側)】とのあいだは、①ガソリンを入れているシルヴィア・シドニー、②ガソリンを入れているシドニーの手のクローズアップ、③ホールドアップしている店員たち、の、僅か3ショットで撮られている。①と③は内側から切り返されている。 ⑥タバコ屋でシルヴィア・シドニーが店主に目撃されるシーンは、男とシルヴィア・シドニーが10ショットすべて内側から切り返されそのまま終わっている。 |
1938 | 真人間 You and Me |
32ショット。前科者たちのアジトにジョージ・ラフトがやって来るシークエンスでは、その前から含めてキャメラを正面から見据えながらしゃべったりするショットが多く撮られている。 | 5箇所。 ①シルヴィア・シドニーとジョージ・ラフトとがエスカレーターですれ違う時、ラフトがシドニーに気付いてから6ショット目で2人の握られる「手だけ」が同一画面に収められ(『奇妙な同一画面』)それ以外はすべて内側から切り返されそのまま終わっている。初めて2人が同一空間に居合わせるこのシーンは僅か7ショットで撮られた2人だけの密室のサスペンスを醸し出している。 ②アパートに帰って来たジョージ・ラフトがケーキをかき混ぜているシルヴィア・シドニーに刑務所に入っていたことを自白させるシークエンスで2人のあいだは、4ショット目と14ショット目で2人は『正常な同一画面』に収まっている以外は12ショットすべて内側から切り返されている。2つの『正常な同一画面』が入るあたりはやや迫力不足の分断ではある。 ③出て行ったジョージ・ラフトが荷物を引き取りに夜アパートへ帰って来た時にベッドのシルヴィア・シドニーが一方的に話しかけるシークエンスでは、最初から3つ目のショットでラフトと手前のベッドのシルヴィア・シドニーとが同一画面に収められているがラフトはシルエットで「その人」と特定することはできず(『奇妙な同一画面』)、それ以外の6ショットはすべて内側から切り返されそのまま終わっている。 ④デパートに入ってきた窃盗団とシルヴィア・シドニー、ないしデハートの社長のハリー・ケリーとのあいだは、12ショット目でホールドアップしている窃盗団の「手だけ」がシドニー、ケリーと同一画面に収められ(『奇妙な同一画面』)、29、31、33ショット目では奥のぼやけたシルヴィア・シドニー、ケリーと手前の後ろ姿の窃盗団とが『奇妙な同一画面』に収められており、それ以外では34ショット目でハリー・ケリーが出て行くまでの30ショットすべて内側からの切り返しによって分断されている。 ⑤ハリー・ケリーが帰った後、シルヴィア・シドニーが窃盗団を相手に黒板で講義をするシークエンスは、36ショット目と51ショット目で黒板の前のシドニーと手前の窃盗団とが同一画面に収められているが手前の窃盗団は多くが後ろ姿で「その人」と特定することはできず、加えて前者のシドニーは後ろを向いていることからどちらも『奇妙な同一画面』にほかならず、これを含めた全73ショットの内『奇妙な同一画面』が2ショットで残りの71ショットはすべて内側からの切り返しによって分断されている。これは「M」(1931)の67ショットを上回る最高記録となる。このデパートのシークエンスは、ジョージ・ラフト、シルヴィア・シドニー、その他の者たちの、クローズアップではないにしてもキャメラを正面から見据えるショットが幾つも挿入されており、強いショットは見当たらないものの、分断の性向を見出すことができる。 |
1940 | 地獄への逆襲 THE RETURN OF FRANK JAMES |
8ショット。おとなしいものばかりだが、ラストシーンで振り向いたジーン・ティアニーがバスト・ショットでキャメラを正面から見据えたあと、やや視線を左に移してヘンリー・フォンダとのイマジナリーラインを合わせている。 | 3箇所 ①劇場で二階のボックス席のヘンリー・フォンダと舞台に入って来たジョン・キャラダインとのあいだは、11ショット目でフォンダが舞台へ飛び降りるまですべて内側から切り返されそのまま終わっている。ちなみにこの最後のショットは舞台に飛び降りるフォンダと逃げるキャラダインの「体の一部だけ」が一瞬同一画面に収められている(『奇妙な同一画面』)。 ②駅員エディ・コリンズを銃で脅かして郵便車を止めさせるシーンは、ヘンリー・フォンダが部屋に入ってきてから13ショット目で2人が同一画面に収められるまで内側からの切り返しによって分断されている。たたすべて斜めからの切り返しでキャメラを正面から見据えるショットもなくおとなしい。 ③馬小屋でフォンダとキャラダインが撃ち合うシークエンスはフォンダが小屋に入ってきたから30ショット目で初めて2人は同一画面に収められているように見えるが、フォンダから持続したパンニングでキャメラがキャラダインの死体を画面に捉えた時、フォンダは「足だけ」しか映っておらず(『持続による同一存在の錯覚』)、32ショット目でフォンダが出ていくショットはロングショットのフォンダがぎりぎり「その人」とわかる程度で撮られている(ぎりぎりの『正常な同一画面』)。狭い馬小屋を分断して内側から切り返すことで空間的不明確性を生じさせ、サスペンスを醸成している。このシーンでは両者とも隠れて撃ち合っているが「内側の性向」とは『正常な同一画面』に収められ得るにもかかわらず殊更に分断して撮られる性向を差すとするならば、お互い隠れながらのこの場面は『正常な同一画面』に収まる可能性のないことから「内側の性向」としては相応しくないことになる。だが隠れるのは隠れないと見つかるからであり、隠れなければ『正常な同一画面』に収められる可能性があるから隠れるのだから、内側からの切り返しによる分断の効果はここでもサスペンスを生じさせることになる。さらに加えて、仮に『正常な同一画面』に収まる可能性のない遠距離間でも「ニーベルンゲン・第二部」(1924)『内側からの切り返しによる分断③』のように、あるいはエルンスト・ルビッチ「結婚哲学」(1924)のラストシーン⑤のように、その距離を精神的に狭めたり無化させることができたならそれは内側の性向における効果のひとつであることから有効に作用する。 |
西部魂RANCHO NOTORIOUS | 0ショット。遠景であるようでもあり、ないようでもあり。 | なし。古典的デクパージュ。外側からの切り返しが多い。 | |
1941 | マンハント(MAN HUNT | 5ショット。 | 1箇所。 ジョーン・ベネットのアパートでウォルター・ピジョンが朝食のパンを手で食べたあと、去ろうとするピジョンにベネットがピン・ブローチを買ってくれると約束したのに、と泣き崩れるシーンが撮られている。 ①『正常な同一画面』に捉えられているピジョンがドアへ向かったショットを起点とすると、5ショット目でベネットは斜に構えつつもキャメラを正面から見据える。ピジョンは接近して来る。さらに7ショット目でベネットへ切り返されるとベネットはキャメラのやや左を見つめてピジョンとのイマジナリーラインを合わせて「お金じゃないわ」と呟いている。①からずっとベネットに当てられていたバックライトがここから効き始める。彼女が窓際なのは当然このバックライトを当てるためである。さらにピジョンが接近してきて「じゃあ何なんだ?」と尋ね、ジョーン・ベネットへと切り返されると「約束したでしょ。ピン・ブローチを買ってくれるって」と泣きながらキャメラを真っ直ぐ正面から見据えるクローズアップが撮られて2人は『正常な同一画面』に再び収まっている。二つの『正常な同一画面』に挟まれたこの8ショットの内側からの切り返しによる分断は、ショットが重ねられるにつれて高揚しながらその前後の時間とはまったく別次元の時間をキャメラに収めているのであり、これは俗に言われるところの「惚れてなければ撮れないショット」の一類型である。娼婦のジョーン・ベネットはその「起源」については何一つ語られず、1人暮らしをしている彼女は通りすがりのピジョンの逃避行に巻き込まれるように行動を共にする傍ら彼女がいかに孤独に生きて来たのかを窺い知ることはできない。彼女にとってピン・ブローチを買ってくれる約束などどうでもよかったのであり、初めて自分に尊厳をもって接してくれたピジョンと一緒にいたい一心で虚勢を張った強がりが、その人を「その人」として撮る内側からの切り返しの積み重ねによって高揚し、彼女がキャメラを真正面から見据えた8番目のショットによって抑えきれない情動となって溢れ出している。これは外側からの切り返しによっては決して導くことのできない『分断の映画史』の賜物である。 |
1943 | 死刑執行人もまた死すHangmen Also Die! | 2ショット。基本的におとなしい。 アンナ・リーが独房で父のウォルター・ブレナンから弟への伝言を聞いた後、椅子に逆さに座ったゲシュタポの警部、アレクサンダー・グラナハがキャメラを正面から見据えているショットがフルショットで撮られている。②ジーン・ロックハートをドイツ語のジョークで引っかけるとき、ロックハートが大笑いした後、ジョナサン・ヘイル、バイロン・フォルガー、エドモンド・マクドナルドがそれぞれキャメラを正面から見据えるバスト・ショットへと切り返されている。 |
1箇所。 ジーン・ロックハートと彼のアリバイについて証言にやって来た宿屋の女主人バージニア・ファーマーとのあいだは、最初2ショット『正常な同一画面』に収められているが、その後18ショット目で同一画面に収まるまですべて内側からの切り返しによって分断されている。しかしすべて斜めからの切り返しで分断のサスペンスは希薄である。 ■評 この作品は基本的に物語映画として撮られている。 |
恐怖省MINISTRY OF FEAR | 4ョット。はっきりしているのは降霊会でヒラリー・ブルックがキャメラを正面から見据えている2つのバスト・ショットのみ。 | 1箇所。 レイ・ミランドとマージョリー・レノルズが防空壕代わりに地下鉄のホームで座っている時に階段を下りて来たカミソリで爪を研ぐ男とのあいだは、13ショットすべて内側から切り返されそのまま男の乗った地下鉄は出発してしまう。クローズアップもキャメラを正面から見据えるショットも撮られていないすべて斜めからの切り返しではあるものの同一画面のひとつも入らないこのシーンには分断の意志を見出すことは可能である。 |
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1944 | 飾窓の女 The Woman in the Window |
4ショット。 この作品では人物がキャメラを正面から見据えるは4ショットしかない。①②ロビンソンがジョーン・ベネットと出会うシーンで飾窓に反射したベネットがキャメラを正面から見据えているバスト・ショットが2ショット撮られている。③終盤、目が覚めたロビンソンがクローズアップでキャメラを正面から見据えている。④ラストシーンの女が飾り窓に反射したバスト・ショットでキャメラを正面から見据えている。①と②は2人の出会いをもたらすショット、③は物語の終焉を露呈させるショットであり、こうした決定的シーンで主人公たちがキャメラを正面から見据えるショットが撮られている。だが何よりも強い印象を与えるのはジョーン・ベネットが真っ直ぐキャメラの正面を見据えて描かれている肖像画である。 |
1箇所。 ①富豪のトーマス・E・ジャクソンがジョーン・ベネットの部屋に入ってきてエドワード・G・ロビンソンと格闘になるシーンは、ハサミで刺された富豪が床に倒れるまで20ショットある。まず富豪とベネットとのあいだは、3、4ショット目で『正常な同一画面』に撮られており、格別なんという撮られ方をされていない。ベネットとロビンソンとのあいだは、ハサミを手渡すときにロビンソンとベネットの「手だけ」が同一画面に収められている『奇妙な同一画面』)1ショットのみ。では、ロビンソンと富豪とのあいだは、まず4つ目のショットで2人は同一画面に収められているがロビンソンが後ろ姿で「その人」と特定できず(『奇妙な同一画面』)、外側から切り返された5ショット目では富豪が後ろ姿で「その人」と特定できず(『奇妙な同一画面』)、6ショット目と8ショット目ではソファーに倒れ込んだロビンソンと彼の首を絞める富豪が同一画面に収められているが富豪が後ろ姿で「その人」と特定できず(『奇妙な同一画面』)、9ショット目ではロビンソンの首を絞めている富豪とロビンソンの「手だけ」が同一画面に収められ(『奇妙な同一画面』)、切り返された10、さらに12、16ショット目ではロビンソンと彼の首を絞めている富豪の「手だけ」が同一画面に収められ(『奇妙な同一画面』)、14ショット目ではロビンソンと富豪の「後ろ姿だけ」が同一画面に収められ(『奇妙な同一画面』)、18ショット目には逆手に握ったハサミで富豪の背中を刺しているロビンソンと富豪の「後ろ姿だけ」が同一画面に収められ、20ショット目で床に崩れ落ちる富豪が撮られてこの格闘シーンが終わるまで『正常な同一画面』は1ショットも撮られていない。内側からの切り返しが6ショット、『奇妙な同一画面』が10ショット、そしてジョーン・ベネットだけを撮ったショットが4ショット撮られている。肉眼ではわからない高速のカッティングによって撮られたこの内側からの切り返しによる分断はまるで潜在意識に働きかけるショットのように奇妙な分断の効果を我々に投げかけてくる。 ■評 外側からの切り返しによる『正常な同一画面』が多く撮られているこの作品は「死刑執行人もまた死す」(1943)に続いて物語映画として撮られている。 |
1945 | スカーレット・ストリート SCARLET STREET |
6ショット。 ●アパートに引っ越してすぐ、鏡に向かったジョーン・ベネットが床に座っているダン・デュリエを見ている視線が鏡の中でキャメラを正面から見据えている。ウエスト・ショットくらい。●裁判の証人で元妻のロザリンド・アイヴァンと被告のダン・デュリエがキャメラを真正面から見据えて陳述するクローズアップ。●ロビンソンの描いたジョーン・ベネットの肖像画こそ「キャメラを正面から見据えている」のであり、その絵をラストシーンに登場させるその性向は「飾窓の女」(1944)のラストシーンにも通ずる『分断の映画史』の一幕と見るべきである。 |
2箇所。 ①中盤、カフェで向き合って座っているロビンソンとベネットとのあいだは、しばらく内側からの切り返しと『正常な同一画面』を繰り返しながら、いよいよベネットがロビンソンに「金が欲しい」と切り出すと、そこから内側からの切り返しが続けられ9ショット目でロビンソンと彼の手を握ったベネットの「手だけ」が同一画面に収められ(『奇妙な同一画面』)、切れ返されたショットでは今度は逆にベネットとロビンソンの「手だけ」が同一画面に収められ(またまた『奇妙な同一画面』)、そのまま交互の「手だけ」の切り返しが13ショット目まで続きそのままこのシークエンスは終わっている。それ以前にもベネットがロビンソンの手を握りその「手だけ」が同一画面に収められたりそのまま切り返されたりするショットが撮られていることから『奇妙な同一画面』の効果は拡散し弱まっている。 ②終盤、ベッドに伏せて泣いているかと思ったジョーン・ベネットが実は笑っていた時、エドワード・G・ロビンソンとベネットとのあいだは、最初『正常な同一画面』に収められた後、8ショット目で同一画面に収まるまですべて内側からの切り返しによって分断されている。その同一画面にしても布団をかぶったベネットにアイスピックで襲い掛かるロビンソンは後ろ姿で「その人」とは特定できずかつ猛スピードで突進するロビンソンの動物的なショットは奇妙そのものであり(『奇妙な同一画面』)、キャメラを正面から見据えるショットは不在だがここに分断の性向を見出すことができる。 |
1946 | 外套と短剣CLOAK AND DAGGER | 2ショット。おとなしい。 | 2箇所 ①序盤、諜報機関のジェームズ・フラビンがゲーリー・クーパーの大学の研究室を訪れた時の2人のあいだは、基本的に『正常な同一画面』に捉えられていた関係が、フラビンガ「ドイツは原爆開発を始めている」というと2人のあいだは15ショット目で『正常な同一画面』に捉えられるまで内側からの切り返しによって分断され続けている。ただ再び内側からの切り返しが3ショット続いた後、再び『正常な同一画面』に2人は収まっているのであり、キャメラを正面から見据えるショットも不在で殆どが斜めからのおとなしい切り返しがなされているこのシーンに分断の性向を見出すことはやや困難である。 ②ゲーリー・クーパーが初めて博士ウラジミール・ソコロフの執務室を訪れた時の2人のあいだは、最初のショットで『正常な同一画面』に捉えられたあとクーパーが自分の正体を明かし始めると内側からの切り返しが始まりそこから16ショット目で再び2人が『正常な同一画面』に収まるまで分断されている。ここでもキャメラを正面から見据えるショットは不在でかつ斜めからのおとなしい切り返しが殆どだが、博士が警備員を呼びクーパーの正体をばらすのではないかというサスペンスの生じているあいだだけ2人を分断して撮っているこのシーンは①と違い、その前後とは違った時間と空間を内側からの切り返しによってもたらしていることにおいて、分断の性向を見出すことが可能である、 |
1947 | 扉の影の秘密SECRET BEYOND THE DOOR | 10ショット。 ●化粧台の楕円形の鏡の中にジョーン・ベネットがキャメラを正面から見据えたロングショットが3ショット。 ●マイケル・レッドグレーヴが想像上の法廷で自己の分身に向かって告白する時は長回しでずっとキャメラを正面から見据えている。 |
2箇所。 ①メキシコの酒場でジョーン・ベネットがマイケル・レッドグレーヴと出会う時、4回切り返されるがすべて内側からの切り返しそのままシークエンスは終わってしまう。斜めからの切り返しだが小さなクローズアップはある。 ②終盤、7号室のソファーに座って待っているベネットと入って来たレッドグレーヴとのあいだは、5ショット目でレッドグレーヴの後ろ姿との同一画面が撮られた以外は(『奇妙な同一画面』)8ショット目で同一画面に収められるまで内側からの切り返しによって分断されている。またその直後、レッドグレーヴがベネットをスカーフで絞殺そうとするとき、9ショット目で2人が同一画面に収まるまで内側からの切り返しによって分断されている。ただ、一度内側からの切り返しによって分断されたあと同一画面に収められた2人の関係がその直後に再び分断されるというのは演出としては破綻している→「クラッシュ・バイ・ナイト」(1952)。それぞれのショットにしてもイマジナリーラインの合致した明るい照明で撮られたやや斜めからの切り返しには分断の醸し出すはずの心理的サスペンスが薄れている。 |
1950 | ハウス・バイ・ザ・リバーHouse by the River | 12ショット ●川から死体の入った布袋が流れて来たのを見たルイス・ヘイワードがフルショッとでキャメラを正面から見据えている。強い。●ラストシーンの抱き合うシーンで振り向く時、ジェーン・ワイアットはちらりとキャメラの正面を見据えている。 |
6箇所。 ①映画が始まってすぐ、主人公のルイス・ヘイワードと隣人のアン・シューメイカーが並んで話しているところへずっと遠くから郵便物を持ったメイド(ドロシー・パトリック)がショット内モンタージュで2人のあいだに「その人」と判別できるまで接近して来る。最初メイドは遠くにいるので「その人」と特定することはできず、従ってこれはいわば、「持続における『奇妙な同一画面』から『正常な同一画面』への移行」という極めて奇妙な事態であり、こうして『正常な同一画面』が撮られたあと、キャメラはメイドと2人のあいだを10回切り返されるがすべて内側からの切り返しで分断されたままメイドは去ってしまう。メイドと主人公との関係が分断の性向によって暗示されている。 ②パーティでダンスをしている兄ルイス・ヘイワードとそれを見ている弟リー・ボウマンとのあいだは、13ショット目で2人が『正常な同一画面』に収められるまで内側からの切り返しによって分断されている。さほど強烈な奇形性はない。 ③弟が家政婦のジョディ・ギルバートを怒らせ家政婦が出て行ってしまうシーンでは、2人が『正常な同一画面』に幾度か収まった後、8ショットのあいだ内側から切り返されそのまま終わる。それ以前の『正常な同一画面』が多かった分、分断の性向という点から見ると凡庸さは否めないが「家政婦が辞職する」というサスペンスが生まれる瞬間、分断が始まるという性向は、この作品に現れている。 ④法廷シーンでは妻のジェーン・ワイアット、弟の家政婦のジョディ・ギルバート、兄のルイス・ヘイワード、そして弟のリー・ボウマンの4人が順次証人席で証言するシーンが撮られているが、証人席と傍聴人席・被告人席とのあいだは、最初の妻の証言が始まる時にロングショットで『正常な同一画面』(としておく)に収まっているが、その後、最後の証人であるリー・ボウマンがそのまま歩いて被告人席に戻り傍聴人席と『正常な同一画面』に収められるまでの68ショット(最初のショットを合わせると69ショット)、時間にして9分、すべて内側からの切り返しによって分断されている。 ⑤妻ジェーン・ワイアットが弟に送ってもらって帰宅した時、夫ルイス・ヘイワードと妻とのあいだは、最初2人が階段の前で『正常な同一画面』に撮られた後、6ショット目に妻が階段を上がっていくまですべて内側からの切り返しによって分断されている。さらにそのあと、夫は家を出て行くと見せてそのまま家の中に留まり、階段を下りて来た妻から隠れながら画面左へ出て行って妻と入れ違いに右から画面の中へ入って来て(『持続による同一存在の錯覚』二階へ駆け上がり仕掛けの施された机の引き出しから指輪を取り出すと妻が階段を上って来て再び内側からの切り返しが始まる。ここで夫は影に隠れているが、「地獄への逆襲」(1940)で検討したように「隠れること」は分断の性向を阻害する出来事ではなく、ここでは8ショットすべて内側から切り返されそのまま終わることで場所的不明確性を維持させながら「隠れること」のサスペンスを助長させている。階段前から始まり、その後の「指輪を取り出す」という大きなサスペンスを挟んで撮られた二つの内側からの切り返しの連続は、分断され続けることで高まってゆく潜在的効果をサスペンスへと導いている。 ⑥夫が妻の首を絞めている時に引きずるような足音が聞こえて来て弟が入って来た時、兄と弟とのあいだは6ショットのあいたすべて内側から切り返されそのまま終わっている。僅か6ショットの分断だが、まさにこの作品のラストシーンに相応しい分断が撮られている。 |
アメリカン・ゲリラ・インフィリピン AMERICAN GUERRILLA IN PHILLIPINES |
1ショット。終盤、キャメラへ向かって突進してきた日本兵のショット内モンタージュのクローズアップ。しかし目が細いのでキャメラを見ているのか判別できない。 | なし。 ①日本兵がボートからレイテ島へ上陸して住民たちにばんざいで出迎えられるとき。しかしこれは内側の性向ではなくただの内側からの切り返し。 ②レイテ島の人々が地面に置かれた竹竿をジャンプするダンスをしているとき、、それを見ているタイロン・パワーたちとのあいだ。しかしこれも内側の性向というにはほど遠い。 |
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1952 | 無頼の谷 RANCHO NOTORIOUS |
2ショット。おとなしく、無いと言ってもよい。 | 3箇所。 ①アーサー・ケネディの婚約者グロリア・ヘンリーが金庫を開けるためにしゃがんあと、彼女と強盗ロイド・ゴフとのあいだは、5ショット内側から切り返されそのまま終わっている。僅か5ショットの分断だがサスペンスとしての分断の性向を見出すことができる。 ②アーサー・ケネディがデートリッヒと初めて会った時、2人のあいだは13ショット目で『正常な同一画面』に収められるまで内側からの切り返しによって分断されている。キャメラを正面から見据えるショットは不在だが出会いのサスペンスにおける分断の性向を見出すことは可能である。 ③ポーカーでジャック・イーラムがいかさまを見破られた後、デートリッヒを囲んで皆がピアノの周りに集まった時、歌い始めるデートリッヒと遠巻きにそれを見ているアーサー・ケネディとのあいだは、31ショット目で『正常な同一画面』に収められるまですべて内側からの切り返しによって分断されている。このシーンはデートリッヒのドレスの胸につけられたブローチが殺された恋人のブローチと同一であることを察知するケネディの心理的に孤立した空間を分断のサスペンスによって露呈させている。 |
クラッシュ・バイ・ナイトCLASH BY NIGHT | 3ショット。●スタンウィックとポール・ダグラスの初めてのデートでロバート・ライアンを交えてビールを飲んでいる時、ライアンが帰り際に2ショット、キャメラを正面から見据えている。はっきりはそれくらいで基本的におとなしい。叔父のJ・キャロル・ナイシュがスタンウィックとライアンの噂をポール・ダグラスに暴露するシーンとなどキャメラを正面から見据えそうなシーンだが叔父は見ていない。 | 1箇所。
切りラストシークエンスのみ。スタンウィックが船室に入ってきてポール・ダグラスと向き合うシーンでは、9ショット目に2人が同一画面に収められるまで内側からの切り返しによって分断されている。さらにそこから2人は内側からの切り返しによって分断され7ショット目で外側からの切り返しによって同一画面に収められ(『奇妙な同一画面』)さらに次のショットによって『正常な同一画面』に収められている。さらにそこから再び2人は9ショット目で『正常な同一画面』に収まるまで内側からの切り返しによって分断されている。 |
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ブルー・ガーディニア THE BLUE GARDENIA |
3ショット。●リチャード・コンテが掲載した新聞上の手紙をテーブルで読み終わったアン・バクスターのウエストショットで。目立つのはこれくらい | なし。まったくなし。 | |
1953 | 復讐は俺に任せろ THE BIG HEAT |
2~3ショット ①ギャングのボスが屋敷に来たグレン・フォードに自分の母親の肖像画を見せようと肖像画へ振り向く前の一瞬のウエスト・ショット。 ②その後、デスクへ回ったボスから切り返されたグレン・フォードのバスト・ショット。しかし①は一瞬であり、②はよく見ると目はキャメラの中心からは逸れていて①②どちらも常識的なショットで奇形性を見出すことはできない。 ③グレン・フォードのホテルの部屋に初めてグロリア・グレアムがやって来て帰った後、壁を背にしたフォードのバスト・ショット。キャメラを正面から見据えた3つのショットの中ではこの③が強く撮られているもののサイレント時代の強烈なショットに比べると甚だ弱く撮られている。 |
2箇所。 ①妻ジョスリン・ブランドにグレン・フォードが車の鍵を投げ渡すシーンおける2人のあいだは、6ショットすべて内側から切り返されそのまま終わっている。4ショット目のグレン・フォードの笑顔のクローズアップがその前後の流れから分断された「その人」として露呈している。この切り返しはその後の妻の出来事を暗示するに十分なショットの連鎖として撮られており、極めて洗練された分断の効果を見出すことができる。 ②最後の銃撃戦でグレン・フォードとリー・マーヴィンとのあいだは、最初のショットで2人は同一画面に収められているが手前のマーヴィンは後ろ姿で「その人」と特定できず(『奇妙な同一画面』)、しかしそのまま持続した画面でキャメラがマーヴィンに寄るとマーヴィンはこちらを向くので「その人」と特定できるが、その時には既にグレン・フォードは画面の中にいないことからこれは『持続による同一存在の錯覚』であり、最初のショットから実に手の込んだ撮られ方をしている。3ショット目で階段を上って逃げようとするマーヴィンとフォードが同一画面に収められているがどちらも後ろ姿で「その人」と特定できず(『奇妙な同一画面』)、4ショット目でマーヴィンと彼を殴るフォードが同一画面に収められているがフォードは斜め後ろ姿でかろうじて「その人」とわかるぎりぎりのショットであり(奇妙な『正常な同一画面』)、そこから10ショット目に2人が『正常な同一画面』に収まるまで内側から切り返されている。 ■評 「ニーベルンゲン・第一部」(1924)における『内側からの切り返しによる分断④』のように、①はこれが最後となる2人の運命を暗示させるような効果をもたらしている。②は実に奇妙な分断の性向に満たされている。 |
1954 | 仕組まれた罠 HUMAN DESIRE |
1ショット。汽車の中での殺人の後、グレン・フォードの客室に入ったグロリア・グレアムが鏡の中でキャメラを正面から見据えているウエスト・ショット。 | 5箇所。 ①殺人の後、グレン・フォードとキスをして客室に戻って来たグロリア・グレアムとフレデリック・クロフォードとのあいだは、5ショットすべて内側から切り返されそのまま終わっている。クロフォードの体にドアの影が落ちて始まるこのシーンにはキャメラを正面から見据えるショットもクローズアップも不在だが極めて狭い密室でなされた分断は2人の関係に新たなサスペンスが生じたことを醸し出すに十分な分断としてある。 ②その後、汽車を降りたグロリア・グレアム・フレデリック・クロフォード夫婦がグレン・フォードと出くわした時のグレアムとグレン・フォードのあいだは、最初に『正常な同一画面』に収まったあと内側からの切り返しが6ショット続き再び2人は『正常な同一画面』に収まっている。これは既に一度キスをしている2人がグレアムの夫のクロフォーの前で初対面を装うシーンであり両脇を『正常な同一画面』によって挟まれることで僅か6ショットの分断が却って『正常な同一画面』とは違った2人だけの時空を作り上げ心理的なサスペンスを際立たせている。 ③法廷での証言席のグレン・フォードと傍聴席のグロリア・グレアム・フレデリック・クロフォード夫婦とのあいだは、5ショット目で同一画面に収められているもののフォードは後ろ姿で「その人」と特定はできず(『奇妙な同一画面』)、その後10ショットはすべて内側から切り返されそのまま法廷シーンは終わっている。 ④フレデリック・クロフォードが寝室のソファーの裏の排気口の中に隠した金を取り出すところを遠巻きにグロリア・グレアムが盗み見するシーンにおける2人のあいだは、8ショット目で2人が同一画面に収められるまで内側からの切り返しによって分断されている。 ⑤グレン・フォードがクロフォードを殺そうとしてできなかったことをグロリア・グレアムに報告する時2人のあいだは、9ショット目で同一画面に収められるまで内側からの切り返しによって分断されている。やや「同じ写真」に接近した切り返しかも知れない。 |
1955 | ムーンフリートMOONFLEET | 1ショット。テーブルの上で目を覚ます少年ジョン・ホワイトリーを上から見つめる密漁団の子分たちがみなキャメラを正面から見据えている。これだけ。 | 1箇所。 洞窟で隠れている少年と密漁団たちのやりとりは17ショットすべて内側から切り返されそのまま終わっている。言葉に主導された「同じ写真」が切り返されている。 |
1956 | 口紅殺人事件WHILE THE CITY SLEEPS | 10ショット。大部分はキャスターのテレビ目線なので物語から逸脱していない。●最初に殺される女サンドラ・ホワイトがキャメラを正面から見据えるクローズアップで悲鳴をあげる。はっきりしたのはこれくらい。 | なし。 |
1960 | 怪人マブゼ博士DIE 1000 AUGEN DES DR. MABUSE ドイツ映画 |
6ショット程度。マブセがエレベーターの鏡の前でかつらを取るシーンでキャメラを正面から見据えるバスト・ショットがはっきり見ているが、その外にはニュースキャスターがキャメラを見据えるショット、運転手がキャメラを見るショット、というように、キャメラを正面から見て当然のショットか、おとなしいものが多い。 | 6箇所。 ①警部ゲルト・フレーベが盲目の超能力者ウォルフガンク・プライスに殺人に使われた針の透視を依頼した時の2人のあいだは、最初『正常な同一画面』に収まりその後9ショット内側からの切り返しによって分断されそのまま終わっている。キャメラを正面から見据えるショットはなく切り返しもすべて斜めからのおとなしい分断としてある。 ②ペーター・ヴァン・アイクの前で超能力者がサングラスを外すシーンでの2人のあいだは、最初は『正常な同一画面』に収められている2人のあいだはその後8ショット続けて内側からの切り返しによって分断されそのままシークエンスは終わっている。サングラスを外した超能力者のコンタクトレンズに依る白い眼がキャメラを正面から見据えている体裁のショットが撮られているこのシーンにはサスペンスが高揚した時に分断されるという分断の性向を見出すことも不可能ではない。 ③テレパシー会で超能力者がテレパシーを始めてから彼と参列者とのあいだは、最初は『正常な同一画面』に収まっているがその後警部が何者かにビルの外から銃撃され18ショット目で一同が同一画面に収められるまで内側からの切り返しによって分断されている。 ④保険屋に化けたインターポールのヴェルナー・ピータースがホテルのロビーで超能力者の正体を見破るシーンにおける2人のあいだは、15ショットすべて内側から切り返されて分断されそのまま終わっている。おとなしい画面の切り返しに終始しているが一ショットの同一画面も撮られていないこのシーンでは分断の性向を見出すことも可能だろう。 ⑤隠し部屋に入って来たマブゼ博士と囚われている男と女とのあいだは。10ショット目で『正常な同一画面』に収められた後、再び内側からの切り返しが開始され26ショット目でマブゼ博士が去っていくまで内側から切り返されそのまま終わっている。 ⑥インターポールの男が敵のアジトで用心棒と銃撃戦をするシーンでの2人のあいだは18ショットすべて内側から切り返されそのまま終わっている。 ■評 どの切り返しも物語に付属し分断の性向の醸し出す奇妙さを露呈させてはいない。 |